阿部語録 


第十三 池田評(讃嘆・批判)


  ☆四五九号

 (昭和五十九年四月六日・霊宝御虫払大法会の砌)

 「今日、この一切衆生即身成仏の大法たる妙法が日本ないし世界に弘まり、創価学会インタナショナル会長・池田大作先生は、広く世界にその足跡を印し、正法広布の指導と激励、さらには世界平和の大目的に向って正宗信徒として、偉大な精進努力を重ねておられることは、まことに本仏大聖人の聖意に適う姿であると信じます。」P四三

☆四九七号

 (昭和六十二年五月二十三日・華開山蓮覚寺落慶入仏法要の砌)


 「正法もいよいよ今日、世界的に興隆をいたしております。明日は法華講総講頭、名誉会長・池田先生がソ連からヨーロッパに向って出発をされる日であります。これは一つには、いわゆる核の廃絶ということが人類のこれからの大事な命題であり、ソ連という国、しかもその首都のモスクワにおいて『核の脅威展』が行われるという、まことに人類史上有意義な行事のためにおいでになるわけであり、また一つには、ヨーロッパにおける正法の正しい順序次第をもっての発展を願われ、色々な面からの一層の正法の護持、興隆を目指して、その指導に行かれるということをうかがっておるのであります。

 日本ないし世界に今日までこれだけの正法が弘まり、護持の信徒も多数増えて、しかもその功徳が様々なところに顕れておりつつも、さらに一閻浮提広宣流布に向って勇猛精進される先生の姿こそはまことに皆様信徒の方々の模範であり、尊いものと思うのであります。その先生の指導によってまた日本ないし各国の信徒の方々が、謗法・邪義を正直に捨てて、正直に正法正師の正義を信心しておられるということがまことに心強い次第でありまして、これからますます広宣流布の道が開けていくものと思うのであります。」P六七

☆五〇一号

 (昭和六十二年九月十日・大宣寺本堂落成法要)


 「そしてまた、そのあとを現在の法華講総講頭、名誉会長・池田先生に引き継がれて、その十倍という大きな広宣流布が成し遂げられたということも、初代、二代、三代の会長の方々の熱烈なる正法流布の信念とともに、その人格の勝れたところによるものと思うのであります。」P五三

☆五〇六号

 (昭和六十三年二月二十四日・福聚山安明寺落慶入仏法要の砌)


 「先般、法華講総講頭・池田大作先生はその御金言の実践の意味において、タイ国あるいは東南アジア諸国に行かれ、正法がいよいよ広宣流布をして、多くの信徒の人々が安心して正法を受持し、また、その功徳を顕すことができるように大きな楔を打ち込んでこられまして、つい先日、無事お帰りになりました。まことに御苦労さまと思います。仏祖三宝にもその実践に対して深く御嘉賞いたされるところと思うのでございます。」P四九

☆五三二号

 (平成二年五月一日・総本山大石寺開創七百年記念大行尊霊法要の砌)


 「終戦後、第二代会長に就任された戸田城聖先生は、日本国民を大聖人の正法によって救済すべき時まさに至るを感じて、六十四世日昇上人、六十五世日淳上人の深い理解と庇護のもとに折伏の指揮を執られ、多大にして未曽有の正法流布を進められました。

 また第三代会長・池田大作先生はさらにその跡を受けて、六十六世日達上人の深意と加護のもとに本尊流布の浄業を進められ、さながら燎原の火の如く偉大な広布の成果を招来したことは我々の記憶に新しいところであります。

 かくて本宗信徒の急増に伴い、本門戒壇の大御本尊は御宝蔵より奉安殿へさらに正本堂へ御遷座となり、またこれに準じて当・大客殿をはじめ総本山の境域の建設・整備や末寺の建立寄進等、内外の供養は挙ぐるにいとまなく、さらに海外における弘法の足跡は百十五カ国に及んでおります。これらは現総講頭・池田先生の外護と、ならびに広布の指揮の賜物であると存じます。」P八九

これよりケンカ別れの後の発言

☆五四〇号

 (平成三年一月六日・全国教師指導会)


 「『正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり。即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり』

という決定の前に、『おれは偉いから、これはこうなのだ』というようなことを、ある一人の信徒の方が確定してしまい、発言してしまったということは、言い過ぎでありますから、これははっきりと反省しなければならない。また、訂正しなければならないと思います。

 ところが、今日に至るまで、本人がそれに対する反省も、また訂正も全然ありません。

我々は、『自分はこれだけの立場(正本堂建立発願者)にあるのだから、大聖人の仏法はこうだ』と言い切るというようなことは、やはり仏法上、心して考えなければならない問題だと思うのであります。」P六四

☆五四〇号

 (平成三年一月六日・全国教師指導会)


 「それまでに池田名誉会長が発言したりしたことが間違ったことであるということを御自分でも認めざるをえなくなり、あの『お詫び登山』があったり、その他様々な形での反省をして『二度とこのようなことがないようにする』ということを誓われたのであります。

 しかし、それから十年たちまして、今日、何か私どもが解らない間にどんどんと宗門に対する批判、また法主批判のような形が進んできて、先程の説明にあったような姿が現れてきておるということなのです。

 これは全部を達観してみると、やはり『自分は大聖人の仏法を全部、把んでいるのだ、だから私は『法華本門の戒壇たる正本堂』と言ったのだ』と言えるような考え、また今日においても『これからの広宣流布は法主の指示・指南を受ける必要もなく、意見を聞く必要もない。全部、自分が把んでいるのだ。自分が一番偉いのだから、自分の考えにおいて広宣流布していくのだ』ということが、やはり元になっているのであります。」P六六

「『結句は一人になりて日本国に流浪すべきみにて候』

私は、この御文を拝した時に涙が出たのであります。私もまた、その覚悟は持っております。あくまでも正しく、私一人になっても法を護ってまいります。」P六八

 (平成三年一月十日・教師指導会

 「たしかに池田三代会長もその路線において、あの八百万世帯までいかれたのであります。まことにそれは尊い姿であった。

 だからといって、それからあとにおいて、何を言ってもいいのだということにはならないのです。かえってそのような功績のある池田名誉会長がいい加減な、おかしなことを言うならば、その悪影響はたいへん大きいということを考えなければならないのです。」P八六

 (平成三年一月十日・教師指導会)

「だから、私どもは一時、そのような考え方に多少、引き込まれたけれども、その後においての色々な事情の中で、日達上人が今のような意義内容の定義にされたわけです。

 しかし、池田名誉会長はもともと『こうだ』と言い切っていますから、おもしろくないわけです。そこから日達上人に対する不信の気持ちが起こったのです。私は、あの当時の宗務役員として、その経過や色々な過程から、このことを深く感じておるものであります。おもしろくないから『宗門に難癖をつけてやろう』、まして『我々はこれだけのことをやったではないか』という、慢心・傲慢がありますから、あの当時、色々なことを言ってきたのです。『仏法史観を語る』というような論文を書いたり、あるいは『御歴代の観念文のあとに歴代会長を入れろ』といって突き付けてきたり、事実、そのような観念文を作ってきました。要するに、今考えれば、本当に驕りとしか思えないようなことまで言ってきている。そのほかにもまだ、多々あるでしょう。そのようなことにより、色々な問題が起こったことは事実であり、それらについて当時、一部僧侶が決起した意味もあります。」P九〇

 「それにもかかわらず、最近、また何か変なふうになってきてしまったわけです。それは、一貫して見ると、全部、池田名誉会長の仏法に対する考え方が元になっているように思うのであります。一番最初の正本堂の意義付けも、それから五十二年路線もそのとおりであり、さらに今度は、本当か嘘かは知らないけれども、『五十二年路線で揚げ足を取られ失敗したから、今度は絶対に揚げ足を取られない』というように言っているという噂を漏れ聞きましたが、そのようなつもりで、絶対に尻尾を掴まえられないように会員全部を洗脳しつつ、それで自分の手下にして、宗門もその中に巻き込んでしまおうと考えているらしいのです。本当はこのような流れなのです。みんな、この辺をよく考えてもらいたい。」P九二

☆五四二号

 (平成三年三月九日・御法主日顕上人猊下御指南)


 「しかして、そのような意識の中から、池田名誉会長の慢心が強まり、それが正本堂問題、昭和五十二年路線の逸脱、そして今回の問題を生んだ根源となっていると思います。それはつぎに挙げるような事柄からも明らかであります。

 まず昭和三十九年六月三十日、東京台東体育館における学生部第七回総会の講演で、池田会長は、

 『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆が全大衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます。』

 と述べられています。いやしくも正宗信徒の身として、もっとも大事大切な御遺命である戒壇のことをこのように下すことは、まさに大聖人軽視、三大秘法軽視の最たるものです。この発言は、まさに大聖人一期の御化導の究極たる『一期弘法抄』『三大秘法抄』の戒壇の御文に対する冒涜であり、三大秘法破壊につながる重大なる教義逸脱というべきです。P一九

 「そして、昭和四十三年の着工大法要の時の挨拶として、池田氏は、

 『日蓮大聖人の三大秘法抄のご遺命にいわく『霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず大梵天王・帝釈等も来下してふみ給うべき戒壇なり』云々。この法華本門の戒壇たる正本堂の着工大法要』

と述べ、まことにはっきりと『三大秘法抄』の戒壇そのものが、ただちに正本堂であることを宣言されました。」P二〇

 「着工大法要の際の池田氏の言葉は誤りですから、正本堂建立発願者という責任ある立場からも、その後において自ら進んで大聖人様に対し奉り、誤りの言そのものをただちにお詫び申し上げ、それを宗内一般に公表すべきだと思います。」P二〇

☆五四二号

 (平成三年二月二十六日・時局協議会指導班会議)


 「今日の創価学会の姿において、世間でも問題とされておるけれども、それ以上に仏法の本質の上から見て、池田大作氏の指導や、それに追随するところの幹部の指導が、おのずと根本から逸脱し、曲がり、ねじ曲げられて、その立場において自ら尊しとして増上慢の姿を露呈しておるということを、鋭く、また正しく見極めていかなければなりません。

 やはり正しい信仰を貫くことが最も大切である。根本的に狂ったところから生じた布教により、たとえどのように数が多くなっても、それはけっして本当の広宣流布でもなく、大聖人の御正意に反するものであると断じて、はばからないのであります。」P四六

☆五四三号

 (平成三年三月十八日・法華講支部指導教師指導会の砌)


 「ところが、お題目を唱えているにもかかわらず、前に誓ったことを平気で破る人もおります。考えてみれば、皆さん方も誰だか判るでしょう。約束をしたことは必ずきちんと行う。そしてどんなに不利なことでも、もし自分に間違っていたことがあるならば、正直に言ったらいいではないですか。そしてきれいになって、初めて堂々と前進できるということになるのであります。」P四三

 (平成三年三月二十六日・法華講連合会春季荘登山お目通りの砌)

 「ある団体の長が『嘘も百遍言えば本当になる』と言ったということを聞いたことがありますが、その指導を聞いている人達は、『ああ、それならば都合の悪いところはみんな嘘を言ってごまかしてしまえ』と、嘘を言うことも平気になる。また、わざわざ嘘を嘘でこねあげて、本当のことを全く隠して人の悪口を言い、それで自分達の目的さえ達成すればいいのだというようになってしまう。

 このような考えは、たとえ南無妙法蓮華経の正しい法を持っているとしても、大きな誤りであります。

 ではなぜ、お題目を唱え正しい御本尊を戴いている人達がそのようになるのかと思われるかもしれませんが、指導者が悪ければそのような考え方になり、またそれを受けての指導になってしまうのであります。」P五八

 「御本尊を受持し、お題目さえ唱えていれば、どんなに悪いことをしてもいいし、いくら嘘を言ってもいいのだという考え、また『嘘も百遍言えば本当になる』と言って衆生を導くことは非常に大きな誤りであります。」P五九

☆五四五号

 (平成三年五月三十日・第三十三回寺族同心会大会)


 「大聖人の正法正義の仏法を受持する者としてあるまじき、まことに残念な考えのもとに様々な行動がとられております。

 しかしそれは、その組織の特性をみるときにおいては、その頂点に在るたった一人の人の増上慢等の誤った考え方が根本になって、何万人、何十万人という姿であらゆる蠢動が起こっておると思うのであります。やはり私どもは、その根本の人の考え方、またその在り方こそ誤りの元であるということをはっきりと見定めて、その誤りを徹底して追及していくことが大切であります。」P三九

☆五四七号

 (平成三年七月二十一日・全国教師指導会)


 「それはとにかく、やはり創価学会が誤っておるということを私は感ずるのであります。その一番の根本は、今の創価学会、特に指導者の池田大作という人の考えの中に本末転倒の考え方が存在し、それが大きな指導力をもって多くの人々の頭の中に色々な形で入り込んで、今日のいたずらな宗門批判、僧侶批判等となって現れておると思うのであります。」P三一

 「今日の創価学会においては、文化活動とか平和運動とか言いつつも、破邪顕正の本義に遠ざかり、個人の名聞名利が広布の目的であるかのように、大聖人様の仏法の基本というものを全く忘れたような形になってしまっている。あるいは、はっきりしない形になっておりながら、口だけ、『広宣流布だ、広宣流布だ』とか、『折伏をしたことがないから我々の苦労が解らないのだ』などということを言って、宗門や僧侶、また私の悪口を言っておるのが池田大作氏であります。

 しかし、仏法の本質はそんなものではないのです。そこのところを皆さんは、よく考えていただきたいと思います。」P四五

 (平成三年七月二十八日・法華講連合会第二十八回総会の砌)

 「先般の『五十二年路線』と言われる、創価学会における様々な逸脱がありましたが、これはすべて観心の考え方の誤りから起こってきたものであります。『久遠の悟りが自分にある』とか、あるいは『本門弘通の大導師とは○○先生のことである』と弟子が言ったとか、あるいは最近、『私はこれから発迹顕本するんだ』というような言い方がきこえてくるなどは、これはまさに観心主義の悪弊であります。」 P七〇

☆五五二号

 (平成四年一月三日・法華講連合会初登山お目通りの砌)


 「昨年より、世間では種々の問題について色々と取り沙汰されておりますが、その本質を見極めておる人は非常に少ないと思うのであります。ここにおいでの講頭の方々やきちんと寺院に所属されている方々は既に御承知と思いますけれども、この問題の根本は、池田創価学会の仏法に対する掴まえ具合、拝し方に大きな誤りが存在いたしまして、そのところから現れておるところの姿であるということを、改めてここに申し上げておきたいのであります。」P六八

☆五五三号

 (平成四年一月二十八日・法華講支部指導教師指導会の砌)


 今、池田創価学会は、嘘と誹謗の『池田創価悪会』であります。徹底した嘘を尽き、徹底した誹謗をしております。この誹謗もすべてが嘘で固めたものです。また、池田大作氏は法門が判らず、仏法に対する根本的な邪見があります。戒壇論についても、御本尊の拝し方についても、そのような根本的なところからの邪見があるのです。さらに慢心により、自分自身があくまで仏法の中心であるという、まことに大それた大邪見が存するのであります。」P五〇

☆五五五号

 (平成四年三月二十九日・法華講連合会第二回壮年部大会)


 「したがって、戸田会長のころの創価学会の在り方は、その根本において、あくまで総本山が根本であり、そのための創価学会であるという気持ちの上から、あの大折伏が遂行されたということが、はっきりと言えるのであります。

 ですから、三代の池田会長は、戸田氏が命懸けで作られた組織と、その流れの上に乗ったに過ぎないのであります。戸田氏は、本当に命懸けで指揮を執りましたが、広布七十五万世帯の時点でお亡くなりになりましたので、そのあとを受けたあと、たしかに数としては増えているようでありますが、既にその時には、そののち発展する内容は戸田氏によって出来上がっていたというように、私ははっきり見抜いておるものであります。」P六四

 「したがって、池田大作なる者が会長になってから、次第に創価学会が色々な角度で誤りを犯すようになったのであります。その内容は既に先程から皆様が縷々、言われておるとおりでありますが、一言にして言うならば、池田大作に大きな我見・我意、仏法に対する大きな過ちがあり、未熟なる教学観しか持たないにもかかわらず、自分が一切の中心であり、歴代法主よりも自分の仏法上の領解のほうが勝れておるというような我慢・増上慢が根本に胚胎いたしまして、今日のような状態を来たしておるということであります。」P六四

 「それはすなわち、本門戒壇の本義を尽くした本門三大秘法の深義こそ、大聖人様の末法万年の一切衆生を導く大法であると同時に、この三大秘法の深義、特に戒壇の法門、法体については、すべて唯授一人の相承をもって、御相伝の法門として二祖日興上人に伝えられておるのであります。

 したがって、その他の者達が、いついかなる時代になろうとも容喙し、口を出だすべきではないのであります。そこに大事な問題があります。

 しかし、これについて、いわゆる、創価学会の発展に伴って非常なる慢心を起こした池田大作が、大聖人様の本門戒壇の本義を、根本的に邪宗邪義のものとして、いわゆる『摧尊入卑』という語がありますが、尊きものを摧きて卑しきものに入れる如き言動をなしておるのであります。」P六九

 (平成四年三月三十一日・平成四年度非教師指導会)

 「あの狂った者どもに対して、私は別に歯牙にかけるつもりもないが、先程も若手学衆のなかにこれを不可として、はっきりと指弾しなければならないと考え、反駁したいと申し出ている者がおると聞いたが、これも結構な考え方だと思うのであります。

 池田大作なる者は、いつでも非常にずるく立ち回っております。ですから、本心は宗門から離脱して池田創価学会を作るところにあるのだろうが、それを今、はっきりと言ってしまうと、会員のなかに非常に動揺が起こる。そのために、とにかく宗門を攻撃し、『日顕宗』だとか、その他、ありうべからざる様々な悪口を敢えて言いながら、なんとか会員の疑いの心をつなぎとめようとしておるのであります。」 P七六

 「今日の創価学会の狂った姿、昭和五十二年路線の時もそうであったけれども、それからあと今日に至るなかでの、我慢・高慢から大聖人の教えを我見をもって解釈するというような、本性を表した池田大作なる者の指導による創価学会の姿を大聖人様の正しい法義に照らしたときに、これが本当に誤りである故に、このなかにとどまっておる人は必ず地獄に堕ちるのである。」P七七

☆五五六号

 (平成四年四月二十一日・全国宗務支院長会議)


 「それに対して池田大作なる者は、やはり会長就任の時から既に我見、我心を持っておったと思うのであります。たしかに戸田城聖氏が作った組織を利用し、その上に乗って、八百万世帯までの指導者として君臨しており、今日でもそのような流れになっております。」P六四

 「やはり、池田大作なる者の本心には第六天の魔王が根本的に入っており、法を護るが如き姿のもとに隠れて、仏法を根本的に壊乱せんとする魔の働きを徐々に現してきたのであるということ、それが末法に正法を弘通するなかに現れる魔の姿であるということを、本日、申し上げたいのであります。」P六五

 「この我見の顕著な例が、以前にも申しましたが、昭和三十九年の台東体育館における、本門戒壇建立に関する不逞な発言であります。その発言の趣旨は、戒壇建立はオカラのようなものである、オカラは豆腐の残りかすであるから、戒壇建立などというものはかすであり、したがって形式の形式、従の従である、というものであります。しかも、この考えはその時だけではなく、既に会長就任の時からそれ以後に至るまで、ずっと根底において存しておったと思います。(中略)

 このような我見による考えが、池田大作なる人物の大謗法の一番の基を成しておると思います。」 P六五

 「ですから、色々な功績も、池田氏個人の力で成したものではなく、その前の第二代会長・戸田城聖氏の命懸けの組織作りがあったからこそ、ここまで来れたのだと思っております。  そのような種々の面を含めて考えますと、一面功績があり、一面悪いということではなく、そのすべてが魔王の働きとして大法を蹂躙せんがために現れた姿であるということを、むしろ私は、ここではっきりと見定めていくことが大切であると思います。」P六七

☆五五七号

 (平成四年五月二十八日・全国教師・寺族指導会の砌)
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 「したがって私は、その御収束の御精神を承けて、あくまで創価学会を大きく包んで指導していくということが一番根本の考え方でなければならないと思ったわけであります。

 ところが、勢いづいた正信会の者どもが、どうにも先走ってしまうのであります。このような在り方は日達上人の御遷化の直前からありましたけれども、特に御遷化のあとにおいて顕著になってきました。それらを色々な面から慰撫しつつ、創価学会を大きく包もうという私の気持ちに一致して御奉公をしてくれるように願っておったのでありますが、彼等の行き過ぎた行動はあのような経過を来してしまったのであります。その経過の一々については、時間の関係上、とてもこの場では申し述べられませんが、最終的には擯斥処分というところにまで及んだわけであります。

 その後、私は、池田大作なる者を根本とする創価学会を大きな意味で正しく善導していきたいと思っておりました。したがって、この問題が起こるまでにおいて、二回ほど呼びつけて、きちんと指導したことがあります。これについても、不満を言っていたということがのちに聞こえてきましたけれども、ともかく、そのように指導もいたしました。

 また、その他のあるゆる面から、宗門七百年の化儀・化法を根本とするところにこそ、真の広宣流布の道があるということを、常に変わらない信念として私は教導してまいりましたが、大聖人様の本門三大秘法の、特に戒壇の本義をわがまま勝手な我見をもって解釈したり、また、そのところから『広布第二章』というような創価学会を中心とする在り方を望んで、そのなかに宗門全体を巻き込んでいこうという考え方がはっきりと色々な面から表れてきたわけであります。」P五二

☆五五九号

 (平成四年七月二十六日・法華講連合会第二十九回総会の砌)


 「昭和三十九年において、池田大作なる者が、『戒壇建立ということは、ほんの形式に過ぎない。実質は全民衆が全大衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます』

ということを言っております。しかしながら、仏法は本来、精神と形式というように分けて考えるべきものではありません。

それも、御本仏大聖人様が三大秘法の究極たる本門戒壇の本義を説かれておることについて、凡夫の我意・我見をもって精神と形式とに分け、『従の従の問題、形式の形式の問題』ということを、ずっと以前から考えておったのであります。つまり、本門の本尊に向って唱える題目が本門の題目であり、その本門戒壇の御本尊様のおわします処は常に本門戒壇の本義が存するのでありますから、そこに建物を建立するということにおいて、『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。(中略)従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえない』と考えていたということは、その根底において大聖人様の仏法を蔑ろにし、御仏意を我見をもって否定しておるところの誤った考え方が、はっきりと見て取れるのであります。」P七〇

☆五六〇号

 (平成四年八月二十八日・全国教師講習会)


 「さて、もう一人、誑惑の者がいます。池田大作であります。この者が血脈ということについて、やはり色々と狂ったことを言っておりまして、特に『生死一大事血脈抄』について、血脈という語がありますので、得たり賢しと切り文にして、『この血脈が本当の血脈である』、また、そこから発展して『大聖人直結の血脈』というようなことを言っております。皆さんも聞いたことがあるでしょう。

 あれは本当に大狂乱の者でありまして、日達上人の時代から御相承の片鱗を聞きたいと思って色々に探りをかけておったようであります。実は私にも、『日達上人にこういう法門を聞いた』というように、人を介して探りを入れてきたことがあるのです。私も、直接聞いてきたならば、話してもよい範囲までなら教えてもよいと考えておりましたが、結局、自分自らは聞いてはきませんでしたので返事はしませんでした。

 とにかく、日達上人には色々と探りを入れて、なんとか聞き出そうとしたらしいのですが、当然、日達上人はこの金口嫡々、金紙の相承を在家の者にお話になるはずはありませんので、その片鱗さえ知ることができなかったのです。

 つまり、池田大作はそこが得られないからおもしろくないのだと思います。そこに長い間に嫉妬が生じてきたのです。私のことを『嫉妬』などと言っておるようですけれども、実はあの者こそが嫉妬の塊なのです。」P三〇

☆五六〇号

 (平成四年八月十八日・行学講習会開講式の砌)


 「創価学会の者達が、ほんの少し仏教をかじって、それでもう、なんでも把んだような考えをもって今日まで来た姿がある。あるいは天台の膨大な三大部の法門をわずかだけ読んで、まるっきり解ってしまったようなことを言ったり書いたりしておる。まことこれは、仏法というものの深さ、広さを知らず、自分流に解釈をして、その肝要なところは結局、逃しておるということがいえるのであります。

 その肝要なところを逃しておることが、今日の創価学会の誤った考え方、特に、その張本人である池田大作という狂った人間の教学の誤りにも存するのであります。」P四九

 (平成四年八月二十四日・行学講習会閉講式)

 「『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆が全大衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます。』

 ということを言っておるのでありますが、これに過ぎる謗法はありません。」P五七

☆五六一号

 (平成四年八月二十八日・全国教師講習会)


 「根本的には狂っていても、池田大作が富士の正義に似た法門を語ることができたのは、やはり歴代上人の御指南を通して御書を読み、多少の教学を身につけたからであります。それも実に浅はかな教学であったようだけれども、やはり根本的に信というものがない故に、我見に執われて邪義を唱えるようになってしまったのです。」P五七

☆五六一号

 (平成四年九月二十六日・妙観院落慶入仏法要の砌)


 「これまで宗門は、創価学会の謗法が広く、かつ奥深いために、直ちにその一切をしょりするということはできませんので、その時に応じて正しい対処をしてきたのであります。そのような経過のもとに破門ともなり、また、今年に入ってからは去る八月に池田大作なる者を、創価学会の代表であり、諸悪の根源として断固、これを除名処分に付した次第であります。」P七〇

 (平成四年九月二十七日・北海道第一布教区御親教の砌)

 「その広布の考え方が、最初のころは正法をどこまでも自分達が弘めさせていただくのであるという気持ちで行われたのでありますが、いつとはなしに責任者の心のなかに我見・邪見が入り込んだ姿があります。それが第三代会長を務めた池田大作という者でありまして、下種三宝を根本としてどこまでも広宣流布に向って身を捧げていくということが本来の姿であるにもかかわらず、むしろ自分達が広宣流布の中心であるという慢心を生じ、本末転倒して宗門を侮り、僧侶をみくびって、様々な誤った考えによるところの指導が長い間、行われてきたのであります。

 一時はそれも、先師日達上人の時代に、なんとかこれを正しくしようという宗門僧俗の心ある方々の指摘により、形として一往は改めたのであります。しかし、その根底にある我見・我欲、いわゆる創価学会があくまで中心であるという考えを捨てきることができず、さらに様々なところからその誑惑の考えが表れてまいりました。」P七四

 「やはり、中心から世界の辺国に及ぼしていくということこそ、広宣流布の真実の姿でなければなりません。

 それを、自分が少しばかり海外へ行って信徒が増えたからといって、キリスト教も仏教もみんな一つであるという内外一致の考え方を持ち、それに基づく文化運動とか平和運動というような安っぽい考えをもって、『これからは一切、ほかの宗教のことを言う必要はありません。ただ創価学会を信じてやってくれればいいんです』というようなことが聞こえてくるのは、本末転倒の、大聖人の教えの基本を忘れた考えが根底において存在するからであります。」P七七

 「要するに、これまで、本門の本尊も題目も戒壇も、すべて大聖人の根本の御法体、御命、御智慧を忘れて、池田大作の狂った解釈によるところの三大秘法ということが、ずっと説かれていたようであります。今日、創価学会があるゆる面で社会的にも嫌悪されるような不道徳の形が現れておるのも、その源はすべて、大聖人の教えの根本に背反した我見・我欲によるということを、よく我々は知らなければならないと思います。」P七九

☆五六三号

 (平成三年十二月四日・妙道寺新築落慶入仏法要の砌)


 「しかし、特に池田大作なる人物の心中に非常に大きな慢心と仏法に対する大きな我見があり、私も折に触れ、教導をしてきたつもりでありますが、その表向きの態度とは裏腹に、その慢心は膨らむばかりであったようです。やはり、世間的なことのみに執われ、自分は世界に通用する、世界中の人々が尊敬するような人間であるという慢心から、何も一宗のわずかな僧侶などに教導を受ける必要はないというような、根本的な本末転倒の邪見が存し、それによって、むしろ創価学会が宗門よりも上位に立って、あるゆる意味で宗門を支配しようという考えに及んだと思うのであります。これは昔からありましたけれども、特に昨今、それがはっきりと現れてきたわけであります。

 その一つの現れとして、いわゆる『十一・一六』の本部幹部会における池田大作なる人物の傲慢無礼な宗門批判のスピーチがあり、その録音テープが送られてきたことから、その誤りをはっきりと指摘する形を取りましたが、それから以降において、なんら反省懺悔の色がないばかりか、かえって嘘や捏造、すり替え等によって宗門僧侶や私を誹謗し、三宝破壊の大謗法団体になり下がっております。したがって、先般、十一月二十八日付けをもって、やむをえず創価学会という団体を破門とした次第であります。」 P三九

☆五六三号

 (平成四年十一月二十九日・大阪布教区御親教)


 「藤本総監に池田大作が直接電話をし、私が窮地に立たされておるというようなこと、つまり私が宗門の僧侶から全く信頼されていないというようなことを言って、『それらについても連絡会議で言うから』というような予告があったのであります。そして、五日か六日あと、私が池田大作と会った時に、『あなたは過日、そういうことで総監に電話をしましたね』と聞きました。このことを私は総監から詳しく聞いているのです。総監はきちんとメモをとっており、そのメモもみんな残っております。ところが、池田大作派、『絶対に言っていません。電話もかけていません』と、徹底して嘘をつき通しました。この時に私は、池田大作という男が大嘘つきであるということが、よく判ったのであります。」P七四

 「たしかに形だけは御本尊を受持しておるようであり、お題目を唱えてはいても、それは池田大作の濁った考えに基づいた題目ですから、地獄行きの因縁を自分で作っておるということになるのであります。」P七六

 「その挙げ句が、正本堂のところからさらに敷衍した『広布第二章』という、池田大作の考えに基づいて、大聖人の仏法を我見をもって解釈し、外道義と共なる展開となってきておるのであります。

 今日、平和運動とか文化運動とかいうようなことを言っておりますけれども、その根本に大聖人の仏法の魂が入っていなければ何もならないのであります。しかるに、池田大作の見解によるところの、その曲がった心が元になっておるが故に、彼等の在り方において、大聖人様の正法によるところの正しい世界平和の達成はありえないということを、私は信ずるものであります。」P七八

☆五六六号

 (平成五年二月二十四日・東中国布教区御親教)


 「しかも、池田大作なる人間は、名聞名利に凝り固まった、一つの迷える衆生に過ぎません。そういった迷った人間を尊く考えるところに、大きな信仰上の誤りと狂いが存するのであります。そういう考えをもって行っておるところに、知らず知らずに大きな罪障を積んでおる。それがしまいには善悪の価値判断をも狂わせて、嘘を言っても平気となり、反社会的なことでも平気で行っていく狂った命になっていくのであります。」P六〇

 「さて、池田大作という者が過去から長い間、三大秘法を自分勝手に解釈してきましたが、それらはすべて狂っております。その狂っておる元は、先程言った機ということ、つまり『衆生』という考え方に執われて大聖人の三大秘法を解釈したところにあるのです。これは大変なとなのですが、そういうことが根本的な誤りとしてありますから、あらゆることが今、狂ってきてしまっております。」P六三

 「それを、池田大作はどうですか。池田大作はかつて、

 『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆が全大衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます。』

 と述べたことがあります。しかし、どうして池田大作が、大聖人様の御出現の目的たる本門戒壇法門を、『形式の形式』などと言って蔑む必要があるのか。これはもう根本的に狂っているからにほかなりません。」P六五

 「彼は今、『民衆だ、民衆だ』といって、ノーベル賞が欲しいのだかなんだか知りませんけれども、あちらこちらの国へ行ってお世辞を使い、色々と努力をしている姿があります。あれもみんな世間的な名誉を得たいからでしょうが、世間的な名誉を得たいという心の中には、仏様に対する信仰は少しもないのです。

 仏様に対する信心があるならば、世間的な名誉など全く欲しくはないはずです。それが、仏様の照覧を恐れず、世間の人間に良く思われたい、立派な人だと思われたいという世間的な名誉欲だけで生きているのが今の池田大作です。」P六六

☆五六七号

 (平成五年四月六日・虫払大法会)


 「しかるに、池田大作なる顛誑の大謗法者は、

『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆が全大衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます』

 として、精神と形式を分け、御本仏の精神、いわゆる御仏智を蔑ろにし、民衆の幸福という空漠たる迷いの機根中心の観念を正として、これに大聖人のお心による戒壇建立を従属化したのであります。これまさに、仏法破壊の天魔の所行であり、大悪言であります。

 このような誤りによって正本堂を意義づけようとしたところに、池田の指導する創価学会の基本的な狂いがありました。それが、今日の『広布第二章』という大作の指導に見られる、本末顛倒の、内外一致とも言える誑かしの姿となっております。」P四五

☆五六九号

 (平成五年五月二十三日・中部布教区御親教の砌)


 「以前、池田大作なる者が、私の説法はドイツ語みたいで難しいから解らないというようなことを言っていたようですが、仏法の本体は『唯仏与仏 乃能究尽』の法であり、その法を伝えていく上において、仏法の話が難しくないほうがおかしいのです。これを易しく説けば、それで偉いんだというように考えること自体が、既に横に広げておるばかりであり、内容のないものになっておるのであります。

 彼の話が、みんなそういうふうにも言えると思いますし、今日、世界中の後進国へ足を運んでは、勲章をたくさんもらって喜んで帰ってきているようですが、これは法華経を真剣に日本ないし世界に弘めていくところの指導者のやることでは、絶対にないのであります。

 創価学会が今日、大きく狂ってしまった一番の元は、大聖人様の正法正義の深い所以を本当に信じ、そのことを根本として横に広げていくべきであるにもかかわらず、根本を忘れて広げることのみを考え、衆生というものを中心に考えたところに存するのであります。」P五八

☆五六九号

 (平成五年五月二十八日・第三十五回寺族同心会大会の砌)


 「すべては根本が大事であります。池田大作は、御本尊についても誤り、戒壇についても誤りましたが、これらの元はすべて、根本が解っていなかったのであります。その一例として、人即法・法即人、この『人法一箇』ということを口では解っているように言っていても、結局これが解っていない、ですから、人と法を分離して、法だけが尊いように考え、その法を、さらに多くの人に弘めるという意味から横に広げて、結局は機根中心の考え方になって堕落しておるのであります。それが、正本堂の建立の時にキリスト教の僧侶を招く考えとなったのであります。今日においても、内外一致以上に、キリスト教の者達をも尊敬しながら仲良くやっていくというような、大聖人の仏法の根本から外れた姿となって現れてきておるのであります。それもこれも、一番根本の目の着け所、拝し方を間違えると、すべてがそうなってくるという実証だと思います。」P七四

☆五七〇号

 (平成五年六月二十日・北陸布教区御親教)


 「池田大作は、あの正本堂建立の時に、世間迎合の色々な姿のなかから、バチカンのキリスト教関係者をその祝いの席に招いております。この一つだけをもっても、あの大作という男の考え方のなかには、法が一切の根本ということではなく、むしろあるゆる謗法を招き寄せながら、結局、世間に迎合する形のなかで仏法の流布を考えておるところに、その根源的な誤りが存しておるのであります。」P五八

☆五七〇号

 (平成五年六月二十七日・新潟布教区御親教)


 「『広布第二章』という考え方の元もそこにあるのです。それらのところから正本堂に関する意義付けにおいても大変な誤りが生じて、一般の信徒の方はあまり知らなかったようですが、実は大変な問題が起こりました。御先師日達上人はそのために実に御苦労あそばされておったのであります。

 私も当時、教学部長として宗務院におりまして、それらのつぶさな子細をことごとく体験し、知っておりますが、登座以来、この池田大作をなんとか正しく導きたいと考えてまいりました。しかし、我見をもって大聖人の御仏智を阻害し、民衆中心ということだけを仏法の骨組みにした場合には、これはとんでもない考え方になります。

 それが、あの正本堂の完工式の時にキリスト教の者を招き、しかもキリスト教の法服を着けた形で正本堂の中に入れたり、あるいは今日にみられるような内外一致の行動となっているのです。すなわち、キリスト教の者どもの歓心を買い、あちらこちらに行って勲章をもらって喜んでいるような姿、そういう大聖人様の信徒としてまことに恥ずかしい、名聞名利のみに執われたような姿が現れてくるのも、一切は大聖人様の仏法を我見をもって解釈し始めたことから起こっておるのであります。」P七三

☆五七一号

 (平成五年七月二十五日・法華講連合会第三十回総会の砌)


 「しかし、このような馬鹿な道理は全くありません。おのずから邪義邪教たることを露呈しているのであります。したがって、池田などは、久遠元初などと軽々しく言いながら、その実体もなく、意義も知らず、ただ蛙の鳴く如く、摧尊入卑の戯言を繰り返すに過ぎないのであります。」P五五

☆五七三号

 (平成五年九月十九日・栃木布教区御親教)


 「しかるに、池田大作は昭和五十二年路線において、少なくとも七体以上の御本尊を勝手にもこくするという大謗法を犯しました。あれも結局、『創価学会がこれだけ法を弘めたのだから、その一番の中心者である自分は、なんでもできる、何をしても構わないのである』という、実に思い上がった、付嘱を無視し、筋道を乱したところの考えによるのです。ですから、今回、『ニセ本尊』を作成したということも、池田大作の狂った謗法の考えが根底に存して、それが今日、様々な仏法壊乱の姿として表れておるものであります。」P六八

☆五七七号

 (平成六年一月十日・末寺在勤教師初登山)


 「もう既にその以前、昭和五十四年の時に、日達上人からお許しを頂きながらも、肚の底では池田大作は、『今まではあまりにも正直に言い過ぎた。今度は絶対に揚げ足を取られないようにする』と決意し、水面下では自分達の野望をどこまでも広げながら、結局は宗門を自分達の手によって操っていくのだというようなことを言っていたのであります。

 しかしながら、私は、一つには日達上人が最後にお許しになって彼等の将来を戒められたこともあり、なんとかこの者達を善導したいと思ってきたのです。しかし、一番根本にある彼等の邪悪な心は改めさせることができませんでした。」P五六

☆五七八号

 (平成六年二月二十三日・全国宗務支院長会議の砌)


 「この戒壇建立は、大聖人の御仏意による終窮究竟の厳然たる御指南であり、いやしくも凡夫や一信徒が知ったかぶりをして、軽々に口を入れ、論ずべき法門ではありません。もし、そういうことがあれば、これは本仏のお心を踏みにじる、大謗法であります。

 しかるに、池田大作なる顛誑の大謗法者は、

 『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます。』

 として、精神と形式を分け、御本仏の精神、いわゆる御仏意を蔑ろにし、民衆の幸福という空漠たる迷いの機根中心の観念を正として、これに大聖人のお心による戒壇建立を従属化したのであります。これまさに、仏法破壊の天魔の所行であり、大悪言であります。

 このような誤りによって正本堂を意義づけようとしたところに、池田の指導する創価学会の基本的な狂いがありました。それが、今日の『広布第二章』という大作の指導に見られる、本末転倒の、内外一致とも言える誑かしの姿となっております。故に、世間的な名誉のみに囚われて、各国の勲章をあさったり、また、その名声や賞を常にねらうなど、この大作の所行については、かの『勧持品二十行の偈』の法敵三類中、僣聖増上慢についての予言、『利養に貪著す』云々、また云く、『是の人悪心を懐き常に世俗の事を念う』と説かれる言こそ、まさにピタリと的を射ております。」P六四

☆五八一号

(平成六年五月二十六日・全国教師・寺族指導会の砌)


 「池田大作は将来、千劫という長い間、阿鼻地獄に墜ちた不軽軽毀の衆より、さらに何千億倍も長く無間地獄に墜ちるでしょうが、それをまた救っていくのが我々なのであり、常に我々は救う立場であります。故に、全く境界も違うし、立場も異なるということを申し上げておきます。」P四六

☆五八三号

 (平成六年八月九日・行学講習会閉講式の砌)


 「御法主日達上人猊下に対し奉り、池田大作が過去において様々なことを行ったことも、古い人はみんな知っておる。例えば、昭和四十八年の正本堂の記念法要のあと、正本堂東廊下における罵詈雑言とも言えるような日達上人に対する無礼な言葉、そのほか様々なことを私も知っておる。

 あるいはまた、日大講堂で行われた総会のあとに、私と当時の総監であった観妙院日慈能化に、『待っていてくれ』と言うので残っていたら、『日達上人は図にのぼっている』ということをはっきり言ったこともあります。いやしくも、御法主上人に対して、のぼせあがっているというような意味の言葉をはっきりと言ったのである。実に驕り高ぶった、僧侶を蔑視・軽視した形である。」P五八

☆五八三号

 (平成六年八月二十一日・第一回講頭・副講頭指導会の砌)


 「話が前後しますが、先程の戒壇問題をもっとはっきりと言えば、戒壇建立は、大聖人様が御入滅の年にお認めあそばされた『三大秘法抄』に初めて仰せになったことであり、これは三大秘法の御化導の終窮究竟の御指南であります。それを池田大作如き、小僧以下の浅識の者が、戒壇の尊い法門について『従の従、形式の形式』と述べたのですから、御仏意を見下し、さげすむこと、これほど甚だしいものはないわけです。

 こういう根本のところに謗法があるということを、皆さん方、よく肚に入れていただきたい。そういうところからあらゆる謗法が起こってきているのです。」P七五

☆五八四号

 (平成六年八月二十四日・全国教師講習会の砌)


 「しかし、その謗法の一番の元は、あの池田大作という者の狂った考えにあるのです。前から申しておりますが、既に昭和三十九年六月三十日の台東体育館における学生部の第七回総会で、

『戒壇建立ということは、ほんの形式にすぎない。実質は全民衆がしあわせになることであります。その結論として、そういう、ひとつの石碑みたいな、しるしとして置くのが戒壇建立にすぎません。したがって、従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえないわけでございます』

と、大聖人様の御仏意を『形式の形式』と言っているのです。

 戒壇建立ということは、大聖人様の三大秘法の終窮究竟の御指南であります。いくら『実質は全民衆が全大衆がしあわせになること』などと言ってみても、その民衆救済の根本の大法を『形式の形式』と下しているのです。そういうところに根本的な仏法軽視、御仏意に対する軽視があり、これが今日、御本尊の問題、信仰的な問題等、色々な形で波及してきております。」P一四

☆五八六号

 (平成六年十一月十日・愛媛布教区御親教の砌)


 「あの創価学会の池田病にかかった者達が、池田大作の狂った指導によって、本末転倒の考え方を持つに至っております。その例証は枚挙にいとまがありませんが、学会員の口から出る『創価学会のために宗門も公明党もある』というような考え方、もっと極端に言えば『世の中のすべてが創価学会のためにある』と考えるところに、全く本末転倒の考え方があるではありませんか。」P六二

☆五九三号

 (平成七年五月十一日・法光寺本堂・庫裡移転新築落慶法要の砌)


 「ところが、第三代の池田大作という人間は、自分中心の立場から日蓮大聖人の仏法をことごとく利用し、その上に本末顛倒の大邪見と摧尊入卑の卑見をもって日蓮正宗を徹底的に打ち破ろうとしておる大莫迦者でありまして、これほどの大謗法はないのであります。」P五四

☆五九四号

 (平成七年六月二十八日・富士学林研究科開講式の砌)


 「そこに、牧口常三郎氏の薫陶を受けた戸田城聖という人が現れて、『今こそ命懸けで正法広布をする時であり、今、広宣流布をやらなくては将来はとてもできない』というようなことも言って、まず数をもって広宣流布の実証を示さんとして七十五万世帯というところまで行きました。これはまことに未曽有でありました。

 池田大作は、その戸田氏の作り上げた様々な内容の上に乗って走ったに過ぎず、ほとんどが戸田氏の功績なのです。御信徒のなかには、このようなことを知らない人が多いようですが、事実、そのとおりなのです。」P五九

☆五九六号

 (平成五年一月二十日・福岡布教区御親教の砌)


 「池田大作が『御書根本』とか『御書中心』ということを言いますけれども、御書には色々な御指南がたくさんあります。そのなかには、対機説法と言いますか、相手の機根に応じて述べられたような御指南も、ないとは言えません。また、法門は所対によってそれぞれの意義と価値が異なってきます。権実、本迹、種脱、さらに三大秘法の化導順序、万年にわたる三秘の深義等、素人の池田らが知ったかぶりで解決できるものではありません。」P二五

 「しかも池田大作は、自分勝手な我見をもって御書を解釈し、大聖人の三大秘法を解釈しつつ、『私の御書の解釈の仕方が一番正しい』というようなことを考えて『御書根本』を言っているのですが、それは大聖人様の御仏意から離れること、まことに遠いということが言えるのであります。」P二五

 「池田大作の悪いところは、ある程度、御法門も解っているのです。解っていながら、自分の我見・我欲、そしてうぬぼれと慢心のために、最後は一切の仏法を自分のところへ持ってきて解釈しようとする。そこが相伝の法門に外れる所以であります。

 ですから、大作が『御書根本』と言うのも、実は全くの虚妄であり、そもそも大作あたりの凡夫が言えることではないはずなのです。それを平気で言うということも慢心のなせる業でありますが、大作の言う『御書根本』がいかにインチキなことであり、この『開目抄』の御指南からも外れておるかということを考えるべきであります。」P二七

☆五九七号

 (平成七年九月二十八日・北海道第二・第三布教区御親教の砌)


 「その一番根本を、自分は久遠の昔に悟った等、色々なことを言い出して、根本の本義を置き換えようとしたのが、五十二年路線当時の池田大作であります。そして再び、増上慢以上の仏法破壊の姿をもって、その本性を現してまいりました。すなわち、この仏法の大事な筋目を紊乱しているのが池田創価学会であります。」P四八

☆六〇二号

 (平成八年二月十一日・常泉寺開創四百年記念法要の砌)


 「一番いい加減な考えをしているのが池田大作という莫迦者であります。『戒壇建立ということは、ほんの形式に過ぎない(中略)したがって従の従の問題、形式の形式の問題と考えてさしつかえない』と言い、『豆腐のおからのような物』である。つまり、本物ではないと言うのです。」P二五

 「この御文中、『国主此の法を立てらるれば』というところに、深い意味があります。この『国主此の法を立てらるれば』の御文は、『国に建てさせろ』と仰せになっているのではありません。国主が建てるのです。

 これはまた、私は今の時代にも通ずるところの深い意味があると思っております。ですから、何も池田大作のように、共産党などに何か言われて、びっくりし、あわてて教義を改変するようなことをしなくてもいいのです。大聖人様の仏法は、万年を通じて堂々たるものなのです。」P二八

☆六〇三号

 (平成八年三月三十日・講頭・副講頭指導会の砌)


 「創価学会は、ただいまの下種のことについても、『創価学会によってこそ、折伏ができたのだ、広宣流布が進んだのだ』と放言しています。たしかに終戦後の形、あるいは昭和七、八年から十年以降の形のなかでは、創価学会の牧口初代会長、戸田二代会長の指導により大きく広布が前進したことは事実であります。しかし、その根本は、下種の本法が七百年、この富士の麓に厳然として相伝されてきたからであります。」

 「その創価学会は、なかんずく、その首魁である池田大作は、仏法の基本を全く知らないにもかかわらず、仏教用語についても好き勝手に解釈する癖を持っておりました、例えば発心下種と聞法下種ということについても、まことにわがまま勝手な解釈をしております。」P六六 

☆六〇五号

 (平成五年五月二十三日・中部布教区御親教の砌)


 「それから、次に『世俗の事を念ひ』とありますが、これがまた、だれかさんとそっくりではありませんか。例えば、有り余る財力から、ほんのわずか出して本を寄付し、その国々から勲章をもらって誇っているのも、俗の最たるものに当たりましょう。そのほか、一々挙げなくとも、いっぱいあります。なにしろ『名誉会長』というぐらいですから、名誉が中心になっているのでしょうが、名誉それ自体が俗っぽいことなのです。」P三九

 「今、世間の人は、池田大作の本当の悪いところを知らないわけです。つまり、創価学会であらゆる機関と財力を使って池田を大宣伝しており、それに乗せられた人々は、その仏法的、社会的、様々な上からの諸悪の根源が、池田大作一人にあるのだということを知らないのです。したがって、池田大作は人格的にも優れた人だというように思っている政治家などもいるようです。」P四九

☆六〇九号

 (平成五年五月三十日・静岡南布教区御親教の砌)


 「実は私が今、一番ずるいと思っているのは池田大作であります。あれほどずるい人間はありません。汚く、ずるい人間です。もっとも、池田大作のことを僣聖増上慢だと言うと、僣聖増上慢のほうが怒るかも知れません。けれども、僣聖増上慢の持っておる汚さ、ずるさは、まさに池田大作の行為・行動とそっくりであります。つまり、洗脳された多くの創価学会員どもは池田を救世主乃至、仏様と崇めており、その裏に隠れた邪悪、低俗、そして虚偽性の多い真相を全く知りません。悪組織の力によって二重にも三重にも、その悪を弊い隠しているからです。そのため、池田の言うなりになって、一切の不道徳を行っても悪いと思わないのです。もって社会を汚しているのであります。」P二三

 「この『我羅漢を得たり』ということは、『私は偉い羅漢なのだ、だから私はすばらしい人間なのである』ということを、外に向って言っておるということです。これも池田大作なる外道によく似ていると思いませんか。

 私は、私自身が偉いなどということを、だれに対しても一度も言ったことはありません。私自身がそのように思っておりませんから、そのようなことを外に対して言うわけがないのです。ただ、真剣にお題目を唱えさせていただき、法を護らせていただいておるけれども、本当に凡夫でありますし、偉いなどとはちっとも思っておりません。」P二八

☆六一五号

 (平成九年四月六日・霊宝虫払大法会の砌)


 「池田大作は、口に『大聖人直結』などと言いつつ、大聖人の終始の大難と乏少忍受、少欲知足の御生涯に対し、ありとあらゆる贅沢三昧の上に、さらに人間として最も恥づべき行いがあったとして、目下、その屈辱を受けた方より、司法の裁断を訴えられている始末であります。これではとても『大聖人直結』などと言えたものではなく、地獄、餓鬼相当の一闡提にこそ直結している、と断ずるものであります。」P四〇

☆六一五号

 (平成九年三月三十日・法華講連合会第三十四回総会の砌) 


 「池田大作などという、名聞名利に凝り固まった、大謗法の者を、仏様のように心から信じてお題目を唱えるならば、その人は必ず地獄へ堕ちなければならない。そういう不幸な人達が学会員なのであります。」P六五

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