自己紹介


 私は、昭和47年、福井県立高志高等学校山岳部2年生の時に初めて白山に登りました。それ以来、白山の魅力に取り付かれた一人です。今なお、登る度に新しい発見があります。広く、白山の魅力を知っていただくために、このホームページを作りました。
 高校1年生のときに高体連で初めて鳩ヶ湯から三ノ峰、別山に登りました。インターハイの予選で白山から別山、三ノ峰、鳩ヶ湯まで2泊3日でテントを担いで縦走したのが2年生の時でした。それ以来白山の虜になりました。

 今でも「こし白山会」として10人ぐらいのOB達と毎年登っています。名前の由来は「高志高校」の「こし」または、越前の「こし」、白山会の「白山」は当時の山岳部の顧問の先生の名前が白澤先生と山田先生のお二人の頭文字から頂いて「白山」としました。
 補足ですが、当時は福井県の山のガイドブックはありませんでした。当時の我々学生が唯一参考にさせていただいたのが、福井大学ワンダーフォーゲル部OB会が発行した「福井の山と半島」です。今でも大切に使わせていただいております。このホームページのリンク先にも登録させていただきました。この場をかりてお礼を申し上げます。

 さて、自己紹介はこれくらいにして最近の白山の変化を書き留めておこうと思います。もちろん山そのものは昔も今も変わりないように思います。登山口までの交通の手段が大きく変わりました。
 私は福井市に在住しています。高校時代は電車、バスを乗り継いで別当出合まで半日かかりました。今は自家用車で2時間弱で着きます。日帰り登山を可能にしました。
 交通の便が良くなって登山者が増えました。弥陀ヶ原は植生復元工事、登山道整備によってチシマ笹やナナカマドが元のように復元されました。エコーラインや南竜が馬場周辺の湿原では木道が整備され、自然が保護されています。砂防新道では登山道の崩壊を防ぐ整備がすすめられています。
 このようにして誰でも手軽に登山できるようになりました。しかしその反面、高山植物の盗掘や外来植物の繁殖、本来この地域にないはずの高山植物(コマクサ等)を勝手に移植したり、はたまたペット連れの登山など、昔は考えられなかった行為がされています。こういうことは、それぞれの自覚によって解決されなければならないと思います。

 チブリ尾根を登ると白山の別の顔が見えてきます。、チブリ尾根避難小屋あたりで真正面に白山が見渡せます。ここからは美しさだけではなく、白山の醜さがうかがえます。幾筋もの谷が崩壊しています。その崩壊を留めるために、砂防ダム工事が行われています。その工事によって加速度的にますます谷が崩れていくように私には受け止められます。自然を人為的に操作することはできないのではないでしょうか。

 白山には登山コースがいくつかあります。それぞれが特徴のあるコースです。同じコースでも季節によって趣が違います。ぜひ、一度といわず何度でも白山へ訪れてみてください。
 このホームページが少しでもお役に立てたら幸いです。

チブリ尾根避難小屋より



  雑記帳へ


     ホームへ戻る