延喜式神名帳について


 日本民族のあいだに、おのずと発生し発展してきた神道には、他の伝道宗教に見られるような固定の教義というようなものはなく、仏教における教典、キリスト教における聖書のようにその教義を示す教典というものはない。 しかし、そこに根本義と云うべきものまでないわけではなく、神道を知るためにはそれを解すべきである。 僧 契沖の著 「万葉代匠記」 によると、

「本朝ハ神国ナリ。 故ニ史籍モ公事モ神ヲ先ニシ、人ヲ後ニセズト云事ナシ。 上古ニハ唯神道ノミニテ天下ヲ治メ給ヘリ。 然レドモ淳朴ナル上ニ文字ナカリケレバ、唯口ヅカラ伝ヘタルママニテ、神道トテ、儒典仏書ナドノ如ク説オカレタル事ナシ。 旧事紀、古事記、日本紀等アレドモ、是ハ神代ヨリ有ツル事ドモ記セルノミナリ。唯朝廷ノ公事、諸社ノ祭祀ニ神代ノ遺風アリ。」

と記している。

 つまり、日本は神国であり、上古には国政や文化の根本に神道があったが、それは口承また生活の中で伝えられたのであり、旧事紀、古事記、日本書紀などの書はあるが、それはただ神代よりの事跡だけを記したもので、根本を知るには、朝廷の公事一般、また全国各神社の祭祀にそれが見られるから、それを見るのが第一であろうと唱えた。

式内社

 大宝元年(701)に制定された大宝律令は、国家の諸般の法制を整備成文化したものであったが、その中で神祇に関する諸制度も明記された。 その特徴的なところは、中央官庁に神祇官を設け、その下に80人ほどの職員を置き、国家の事務として神々を奉斎し、国家の降昌繁栄を期し、地方に対しては、広く全国の神社・神官・神領を監督、他の行政と同様に中央集権的なものであった。

 また、国家の常典としての祭祀が定められ、農業を主とする当時の人々の願いとして、五穀の豊穣を祈る祈年祭(2月)、風雨の災いのないことを祈る風神祭(4月・7月)、同じく大忌祭(4月・7月)、或いは医薬の不十分な時代にあって神に疫病の災いを免れん事を祈る鎮花祭(3月)道饗祭(6月・12月)鎮火祭(6月・12月)などであったが、これらの祭祀はいずれも当時に一般民間信仰の繁栄であったと考えられる。

 さらにこの時代、天武天皇の御代において伊勢神宮を20年ごとに御造替する式年遷宮の制度が定められた。

 平安時代になると国家の制度も複雑となり、醍醐天皇の延喜年間にいたり延喜格式の撰進をみることとなる。 式内社とは『延喜神名式』に記載されている神社をいい、「延喜式内社」とも「式社」ともいう。 この延喜式五十巻のうち、最初の十巻に神祇に関する部門にあて、第九,十に神名(いわゆる神名帳)があてられている。

 最終的に、延暦十七年(798)神祇官からの奉弊は七三七座・五七三社、国司からの奉弊は二三九五座・二二八八社となった。

「合計 三一三二座  二八六一社」

 福井県内では、北陸道三五二座のうち一六八座が祀られている。


北陸道神 三百五十二座 [大十四座(この中に、月次・新嘗一座) 、小三百三十八座]

若狭国 四十二座

[大三座、小三十九座]

遠敷郡 十六座(大二座、小十四座)

大飯郡 七座(並小)

三方郡 十九座(大一座、小十八座)

越前國 百二十六座

[大八座、小百十八座]

敦賀郡 四十三座(大七座、小三十六座)

丹生郡 十四座(大一座、小十三座)

今立郡 十四座((並小)

足羽郡 十三座(並小)

大野郡 九座(並小)

坂井郡 三十三座(並小)

今立郡(いまだちのこうり)十四座〔並小(みなしょう)

帆山神社(ほやま)

國中神社(くになか)二座

石部神社(いそべ)

岡本神社(をかもと)

須波阿須擬神社(すはあすき)三座

丹津神社(につ)

刀那神社(とな)

小山田神社(をやまだ)

鵜甘神社(うかむ)

加多志波神社(かたしは)

敷山神社(しきやま)

 平安時代の全国の神社数は約三万であろうといわれているので、式内社二八六一社を除いたものが「式外社」といえる。

 延喜式に記載されていないが、『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』『日本三代実録』の六國史に社名のある神社のことを「国史現在社」あるいは「国史所載社」という。 石清水八幡宮(京都府八幡市)、香椎宮(福岡県福岡市)、大原野神社(京都府西京区)など、その数全国で三九一社である。

 このほかに、いつ、どんな理由で定められたかは不明であるが、さらに諸国を代表する社として「一宮」があった。 平安朝初期(794〜900)に実を備え、平安朝中期から鎌倉時代初期に具体的に出現したものであると考えられている。 諸説は色々あるが、延喜式の社格、国史の神階を有し由緒の貴い神社を「一宮」としたようである。

 また、一宮と並んで述べるべき神社に「総社」がある。惣社とも書くが、多くの神社の祭神を特定の一カ所に勧請して合祀した神社を称していう名である。


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