本からブームを起こす方法

 最近福井でも“低年齢層への M:tG の普及”が進んでいます。その理由としては“小学館の出版物による宣伝効果”と“販売店の努力による値引き販売”等があると思われます。福井のデュエリストが M:tG 普及に熱心な販売店に恵まれた事はある意味ラッキーだった訳ですが、代理店が3年かかってできなかった事をわずか1年足らずでやってしまうのですから、本当に小学館の力って凄い物だと思います(笑)。

 この記事を読まれる皆様に率直にお聞きしたいのですが、皆さんは代理店が言うように「 Standard は初心者向きのフォーマットだ。」と思いますか?。

 普通初心者はあるスポーツやゲームに“面白そうだから”手を出します。まずはその用具を適当にいじってみて、友達同士で取りあえず遊んでみる。ルールなんて物は後からぼちぼち覚えていけばいい、そういう物だと私は思うのです。ですから逆に初心者が取っ付きにくい遊びは初心者には受け入れられにくいのです。本来“初心者の取っ付き易さ”という物は、こういった遊びを普及/発展される際には最優先に考慮される部分なのです。

 我々福井の中堅以上のデュエリストの中では「 Standard 程初心者に遊ばせにくいフォーマットは無い。」というのが定説になっています。というか、私に言わせるとどういう発想をすれば“初心者にはまず Standard を”となるのかが不思議でしょうがないのです。確かに初心者が自分が使うカードを全量自力で買って M:tG を始める事が前提ならそうなのかも知れません。でも元々“ M:tG って自分でカードを買って始める事を前提にしてはいない”のではないでしょうか?。実際私もそうでしたし。

 例えば Duelist Fukui の事務局でも「お願い、誰か引き取って!」と言いたい位のコモンカードやアンコモンカードを抱えています。このカードにはいわゆる Standard 落ちした物が少なくありません。ですから初心者が Standard という物への拘りを捨ててくれるだけで、それこそ初心者は自分でほとんどカードを買わなくても M:tG を始めて楽しめるだけのカードが手に入るのです。しかし代理店は自社出版物等でほぼ一貫して「そんなカードは初心者に渡すな!」あるいは「もう Standard では使えないんだから捨ててもいいです。」的な事を言っている訳です。でもそれって変じゃないですか?。少なくとも本場米国のデュエリストはそんな遊び方はしていないと思うのですが。

  Standard というフォーマットは非常に制約の多い物です。行き付けのデュエルルームでそれなりに勝てるデッキを組むだけで“カード資産”“情報”“デッキ構築力&プレイングのスキル”にかなり高度な物を要求されます。しかし本来初心者が M:tG を始めたばかりの時期は“デッキ構築力&プレイングのスキル”だけを鍛えればいいはずです。それを最初から数万円の投資とかインターネットでの詳細な情報検索を求められるのでは、流石にたまった物ではありません。そんな遊びはなかなか受け入れられず、人口が増えて盛んになる事はほとんど期待できないでしょう。例えばスキーやボーリングといったスポーツは、それこそ自分で用具を一切買わなくても始められます。そういった配慮が最近の M:tG には微塵もないのです。

 今日本の M:tG は、この世界に入ってきた人間を1人残らず Standard に引きずり込もうとします。でも10人のニューカマー全員を Standard に引きずり込むよりも、30人のニューカマーを生み出してその半分が Standard を始める事を期待した方が、結果的には M:tG は賑やかになって活性化するのです。でも何度か記事で書いていますが、こんな基本的な事に日本で M:tG を売っている代理店や、その取り巻きを形成する多くのトーナメント・プレイヤー(もどき)が気が付いていないのです。いや「本当は気が付いてはいるんだけど、それじゃあ自分達の懐が潤わない(と思い込んでいる)から言わないようにしている。」のでしょう。

 私が小学館の漫画に一定の評価をさせて頂いているのは、その漫画が“ M:tG への興味を引く”事に主眼が置かれているからです。かつて世界選手権の優勝デッキ等を紹介して不評を買った時期もありましたが (^^; それは“読者のニーズ”の部分でありやむを得ないのだと思います。ただそれらの記事が“読み手側のニーズ”で書かれた物なのか、それとも“書き手側のニーズ”で書かれた物なのかによって、その評価は大きく変わるのです。もし万が一「自分達が有名になりたい。」あるいは「そういう記事を書く事で自分が凄い人間だと思われたい。」なんて動機から書かれる記事があるとしたら、そんな記事を私は読みたいとは思わないです。ちなみにこの事は、私自身が記事を書く際に常に心がけている事だったりするのですが。

 小学館は過去にもヨーヨーやミニ四駆といった様々なブームを生み出していますが、私に言わせるとそれって“小学館自身がそのブームから直接的に利益を得ない組織である”事で可能になっていると私は感じています。確かにミニ四駆ブームの頃にはそれに乗って小学館のミニ四駆関連の本がよく売れました。しかし彼らがミニ四駆の本体やパーツを売ってそれで利益を得る集団であったならば、多分彼らはそこまでのブームを起こせなかったと私は思います。彼らは本で勝負し、そして数々の成功を収めたのです。

 また小学館の雑誌には“全国で同じ趣味を楽しんでいる多くの子供達への配慮”があります。どの地方の子供達が読んでも「これやってみよう。」「これならできそうだ。」と思えるように記事が構成されています。多分小学館の出版物が Standard を扱いながらそれだけに徹しないのは、過去の経験から「それだけでは駄目だ。」という事を直感的に感じたからではないでしょうか?。多分メーカー(WoC)からはそれに関して様々なプレッシャーを受けているのでしょうけどね。 (^^;

 小学館の雑誌を“子供騙しだ”と評する方は少なからずいらっしゃいます。それはある意味正解だと思うのですが、私に言わせるとあそこの雑誌は“子供を騙す目的で作られてそれで成功している雑誌”なのです。子供達は自分達のお小遣いをより有意義に活用するために騙されるのを待っているのです。そういう相手を騙し切れるか切れないか、それが雑誌等の出版物がブームを生み出せるか否かの鍵を握っていると私は感じています。そう言えば過去の記事で、やまけん氏との統一見解として「代理店はデュエリストを騙すのが下手だ。」という記事を書いたっけ(笑)。


   
なお、このページの内容に関する文責はすべて私 あいせん にあります。