M:tG デッキ記事に関する1提案

 これはかなり以前から私の仲間内でも言われている事なのですが、日本から発信されるデッキに関する情報(デッキ記事)には色んな意味で有益な物があまり見受けられません。私個人は自分のデッキに関する知識がそれ程でもない事を自覚しているので (^^; デッキ記事は書かない事にしているのですが、普通は「記事を書く以上は読まれたいし、読んだ人達に『この記事は凄い!。』と言わせたいだろう。」と思うのです。

● 日本の M:tG デッキ記事の実態

 これはあくまで私個人の意見なのですが、日本から発信されるデッキ記事って全体として“面白くない”です。 (^^; 基本的には“どこか”に載っている物そのまんまか若干のアレンジ版、そうでない完全オリジナルの物は数が少なくて元気がない、大雑把に言うとそんな感じかな。でも日本のデュエリストの大部分が“強いデッキ”“勝てるデッキ”の記事しか見ていない以上、そうなる事はある意味必然なのです。しかも自分ではそういう情報しか見ない人が、なぜか自分のデッキの話を人に読ませたがるケースが少なくありません。私に言わせると、自分は大きな大会で優勝したデッキの情報しか見ないのに、その情報を元にして作った単なるコピーデッキを振りかざして「俺のデッキだ、見ろ!」と言う事には流石に無理があると思うのですが?(笑)。

 そしてこういった日本のデッキ記事を象徴する“ある記事”が、かなり以前から某代理店の雑誌に掲載され続けています。世界選手権等を席巻したデッキを遅ればせながら紹介していて (^^; しかも書いている本人は「このデッキは強い。みんな真似しよう!」とさも得意げです。でも私にはその記事を書く事で“著者が読者に何を期待しているのか?”がサッパリ見えません。「自分でデッキを作れない“仲間”を増やそうと画策している?」とも受け取れます(嫌爆)。ただそういう記事がこれだけ長い間連載されちゃうという事は、実際にはそういう記事がそれなりに評価され利用されているという事なのでしょう。 (^^; まあ私にはその理由が全く理解できませんし、理解したくもありませんけど。

● なぜ、そうなっちゃうのか?

 日本の(特に最近の)デュエリスト達って、本当驚く位“自分ではデッキが作れない”みたいですねぇ。日本ではデッキ構築に関してアドバイスをくれるHPがかなり盛んに利用されているのですが、私に言わせるとその利用者(のかなりの割合の人達)ですら“実際には自分でデッキを作ろうとしていない”気がします。なぜ自分のデッキからカード1枚抜くか否かを他人に聞かないと決められないのですか?。 (^^; そんなの自分で何度かテストプレーすれば分かりそうな物だし、第一カードの有効性は“自分がどんなデッキとデュエルするか”で変わる話なので、本来は他人に決められる問題ではないのですが。自分でメタ・ゲームも満足にやらずに勝てるデッキを手に入れようなんて、流石に我が儘にも程があるぞ!(苦笑)。

 あと欧米人と日本人の“デッキを作る動機”にもかなり大きな違いがある、と私は感じています。多分デュエルに勝つ事を目指しているのは誰でも同じなのでしょうが、欧米人はそこに「誰もやらない突拍子もない事をやって、対戦相手をビックリさせてやろう!」という意図を強く感じるのです。だから勉強熱心だし自分のデッキにも自信を持っていて、それがデュエルからも伝わって来るから見ているだけで面白いのです。でもどうも日本人にはそういう気概がありません。「デッキは誰かの二番煎じどころか出涸らしもいいとこで、しかも目の前のデュエルに勝つ事しか眼中にない。」こんな相手とのデュエルが面白かろうはずもないのです。でも世界選手権の決勝よりも近所のデュエルルームでのデュエルの方が殺伐としていて面白味に欠ける、こういう状況で日本の M:tG が盛り上がるとは私には到底思えないのですが。

欧米人が「デッキ構築に苦心してその分デュエルを楽しんでいる。」のに対して、日本人の多くが「デッキ構築に手を抜いている分、デュエル中に(自分のデッキの回し方が分からなくて)苦労している。」という印象があります。まあどちらが良くてどちらが悪いかという話はここでは控えさせて頂きますが。

● デッキ記事の“あるべき姿”!?

  M:tG が“デッキによるじゃんけん”のゲームである以上、基本的にどんなデッキにも欠点や弱点があります。そして本来「デッキの苦手や弱点を知り尽くしてこそ、本当にそのデッキは自分の物になる。」と思うのです。ですが日本で主に書かれているデッキ記事には「このデッキはこんなに強い。」という内容(自慢!?)しかないのです。こんな偏った情報でデッキを作って回しても、所詮は“粗悪なコピー”にしかならないと思うのですが?。私が過去に書いた自分のデッキの記事にあえて弱点を書いたのは、そういう考え方に基づいていたからです。逆に言えば「私はこのデッキの弱点が分かる位にこのデッキを使いこなしている。」という意思表示でもあるのですが。

 これも何度か書いていますが、我々日本人が M:tG のデッキに関して“後発組(先人を追い掛ける存在)”である以上、その人達と同じ事をしていても永遠に彼らには追い付けないのです。ましてや雑誌等の印刷物となると間違いなくスピードは遅くなりますから、どう考えても“強いデッキの紹介”レベルの話を書いているだけでは浦島太郎状態になってしまうのです(笑)。やはり原稿を執筆する時点で分かる範囲でいいので、そのデッキの弱点とか対策等の記事が必要になるのではないですか。そうすればその記事から様々なキラーデッキが誕生し、結果的にその記事が日本の M:tG に取って有益な物になる可能性が増えますから。まあ著者自身の能力不足等で書けない物を「無理に書け」とは私も言いませんが、それが書けないような著者にデッキを紹介してもらう事に果たしてどれだけの有難味があるのか・・・。デッキの弱点が分かっていない人間が、そのデッキを回せる訳がないですから。 :-P 

● では、どうすればいいのか?

 私は今年の3月に ぎゃざる を開設して M:tG 関連の記事を書き始めた訳ですが、正直言って始めた当初は「こんな記事読んでくれる人いるのだろうか?」と思っていました。ただそれでも地道に(!?)書き続けていくうちに反響を頂くようになり、今では知り合いから「もう ぎゃざる は M:tG のHPの中では“大手”の仲間入りですね。」等という冗談を言われるまでになりました(笑)。

 恐らく日本の M:tG のデッキ記事に関しては、私のような危惧を持っている方々が大勢いると思うのです。その危惧に対して自分が何をするのか?、要はそこなのです。こういう話って今既にコピーデッキしか作らなくなっている方や、それを助長する事で利益を得ている方々に言っても始まらないのです。彼らはそれでうまくやっている訳ですから。そういう流れが嫌なら自分で変える、結局それしかないのです。実際それがいかに大変な事か、私は身に染みて分かっているつもりですけど。あと「僕には文才がないし・・・」等とおっしゃるかも知れませんが、文書なんて絵と同じで“書いていくうちにうまくなる&書かなきゃ永久にうまくならない”物なのですよ。あ、これってデッキ構築そのものにも言える事か。

 それでですが、私はこの日本発のオリジナルな M:tG デッキの記事を充実させる1つのきっかけとして“ JAPAN CLASSIC ”を利用する事を提案します。 JAPAN CLASSIC の情報は間違いなく欧米にはないはずなので (^^; 日本人が自分達の手で切り開くしかないからです。そしてそこから面白い&有益なデッキ記事を発信する個人やグループ、そしてその記事を取り揃えた充実したHP等が現れれば、その流れは自然と Standard にも広がっていくのではないでしょうか?。逆に言えば、そういう情報を誰も発信しなければ JAPAN CLASSIC は・・・まあ、そういう事です。

結論 : 日本に“面白い”と思うデッキ記事が無いなら、自分で書こう(爆)。

● “記事”といえば・・・

 ちょっと余談になりますが、知り合いに11月号の“月刊GAMEぎゃざ”を読ませて頂いたのですが、私が酷評した9月号に比べて遙かに読めるというか、内容のある雑誌になっている気がしました。MMのフルリストが過去には考えられなかったスピードで付録に付いていたりして (^^; あの号に関しては頑張っているなぁ、と感じました。私が ぎゃざる で書いた酷評位では多分びくともしないのでしょうが、流石に自社のHPであの不評振りでは・・・というのもありそうな気はしますが。 (^^; ちなみにこれはあくまで個人的な意見ですが、その某代理店の掲示板で「どこか並行輸入の安い M:tG を売っている店を紹介して下さい。」は止めた方がいいと思うぞ(笑)。

 先日の“東芝サポート事件”が良い例になると思いますが、こういう情報化社会では我々ユーザーがメーカーを動かす事が比較的容易になって来ています。「 M:tG のカードをすべて俺によこせ!」みたいな某掲示板にあった無謀な要求は論外としても (^^; あなたが M:tG をより良くしたいと欲して全力で事に当たれば、どんなに困難と思われる事でも良い方向に持って行く事は可能だと思います。そしてその時最低限心がけて欲しいのは“愛情を持って誠実に”という事です。これがない批評記事は単なる個人のストレス発散でしかなく、それこそとんでもない災難をあなた自身に降り掛からせる事になります。


   
なお、このページの内容に関する文責はすべて私 あいせん にあります。