新説“ M:tG の作り方”

 最近インターネット等で「オリジナルカード」の話題がよく見られます。つまりそれだけ“デュエリスト達が最近発売されるカードに満足されていない”という事なのかな?、という気もします。 M:tG も規模が大きくなって来て様々な問題を抱えるようになりました。もうそろそろ昔からの職人堅気な作り方から、新しい手法を導入すべき時期が来たのかも知れません。

● 最近の M:tG の作られ方

 最近の M:tG のカードを見ていると、昔のカードとは明らかに作られ方が変わっているという印象があります。これはあくまで想像なのですが、最近のカードは・・・

(1)カード能力を決める。
(2)簡単にテストプレーをする(笑)。
(3)カード能力に合わせてエキスパンションとしてのシナリオを作り、そこからカード名を決める。
(4)決定稿となったカードに合わせてイラストを発注する。

 ・・・という手順で作られている印象があります。しかもこういった作業をするチームがWoCの中にかなりの数存在し、3つ(あるいはそれ以上)のエキスパンションが同時進行で制作されているようなのです。

 この方式はWoCが長年 M:tG という物を作り続けて来た中から“経験則”に基づいて生まれた物なのでしょうから、本来はそれ自体に関して私がとやかく言うべき物ではないのでしょう。ただもしもそういう作り方が“ M:tG の持つ魅力を失わせている”としたら、それはメーカーとしては許されざる事なのではないかと思うのです。

● “華”を失ったカード達

 では、一体上記の作り方の何がどう駄目なのでしょう?。それを私なりに挙げてみると、おおよそ次の3点に集約されます。

(1)“カード能力”を最重要視してカードを作る事で、特にクリーチャーが世に出た時にデュエリスト達から見て魅力に欠ける。特に最近はWoCがクリーチャー戦をさせたがっていて、そのため「強いクリーチャー」ばかりに目がいって「面白いクリーチャー」が登場していない。
(2)変に色同士のバランスに気を配りすぎて“その色らしさ”が無くなりつつある。またそのバランスの取り方も「力には力を」的な単純な発想でしか行われていない。
(3)イラストレーターに“自由度”がない。最近のイラストレーターは「紙芝居の1場面」を描かされているに過ぎず、本来そのイラストレーターが持っている個性を活かし切れていない。これにより、いわゆる「 M:tG の花形的存在」となるだけの魅力のあるカードが登場しない。

 まあ平たく言えば「最近の M:tG は遊んでも面白くないし、カードをコレクションする立場から見ても魅力に欠ける。」という事です(こう書いちゃうと身も蓋もないなぁ (^^;;; )。実際そうでなければ M:tG 人口が今のような推移の仕方をする訳もないので、あながち「この指摘は的外れだ。」とは言い切れないと思うのですが?。

●  M:tG の作り方《エキスパンション編》

 それじゃあ、どうすれば M:tG はTCGとしてより良い物になっていくのでしょうか?。ここではそれに関して私なりに考えた案を書いていきます。

 まずは「エキスパンションの作り方」です。最近エキスパンションは年に3つというペースで発売されていますが、私に言わせるとこのペースは非常に中途半端です。買う側から見ると追い付くのが大変で、売る側から見ると結構新製品の間隔が開いていて間繋ぎが大変なのです。しかも一度 Urza's Saga のような商品的に終わったエキスパンションが出てしまうと、販売店はそのデッド・ストックを抱えたまま倒れるか、捨て値でバラ蒔くしかなくなるのです。最近WoCやDCIもその辺の話が分かってきて「禁止カードを作る」方式から「エラッタで対応する」方式に改めつつありますが、やはり買ったカードがそのまま使えない事に対する不安は解消されません。

 そこで、思い切って「エキスパンションの発売間隔を更に狭くする」のです。まず独立型エキスパンションを発売し、その開発の中で見つかった不具合を対策する小規模の拡張型エキスパンションを1〜2ヶ月後を目処に発売します。更に次の拡張型エキスパンションの開発は独立型エキスパンションの発売後1〜2ヶ月後に(カードバランス等を見極めてから)始め、収録カードが20〜40種類という拡張型エキスパンションを何度かに分けて発売します。こうする事で「独立型エキスパンションの持つバグにパッチを当てる」訳です。強すぎるカードには対策カードを作り、弱すぎて使えないカードには救済策を提供します。この方式だと、独立型エキスパンションにかなり終わったカードを作り混んでしまっても何とかなるので、逆にかなり思い切ったカードが作れると思うのですが。

 それとこの方式には「DCI公認大会の活性化」というメリットもあります。これだけデッキを巡る環境がめまぐるしく変わると、インターネット等での情報も流石に追い付けなくなります。確かにデッキを作るのは大変になるでしょうが、でも“自分でデッキを作る人達に取っては、間違いなくデッキ作りが面白くなる。”はずなのです。少なくとも最近みたいな「相手がグーを出す事が分かっていてパーを準備していてもブチ破られて負ける」状況は解決できます(苦笑)。デュエリスト達は年に1度独立型エキスパンションをある程度まとめて買い、あとは毎月拡張エキスパンションをぼちぼち買っていけばいいので、案外負担も軽く済みます。何らかの都合で丸々1つ拡張エキスパンションを買わなくても何とかなりますし。

●  M:tG の作り方《イラスト編》

 次に「イラスト」の問題です。イラストは M:tG に取ってはかなり大きな魅力なのですが、最近どうもそれが等閑(これで“なおざり”と読むらしい (^^; )になっている気がします。

 私個人は「 M:tG から厳密なストーリー設定を無くしてしまう」事をお勧めします。例えばラースサイクルから6thに再録されたカードを見ると分かるのですが、明らかにイラストが浮いているんですよね(笑)。第一1つのエキスパンションの中で、苦労してシナリオ等を決めて統一感を持たせてもしょうがないのですよ。どうせ皆さん“強いカード”しか使わないんだし (^^; ましてやそんなシナリオを元にテーマデッキを作っている人なんか皆無なんだから(嫌爆)。(あ、万が一いらっしゃったら是非教えて頂きたいです。 m(__)m )

  M:tG におけるシナリオって「フレイバーテキスト」のレベルで十分な物なんじゃないですか?。昔我々はそこから「ミシュラとウルザの兄弟喧嘩」的なネタで盛り上がったりしていた訳ですし。それがあそこまで厳密に決められちゃうと、想像力の働く余地が無くなります。そしてそれはイラストレーターさんにしても同じだと思いますよ。

 私が M:tG のカードで「このカードは我々の想像力をかき立てるよなぁ。」と思っている代名詞って、実は Serra Angel(4E) だったりします。彼女は顔も横顔だけですし、服装にしても全体像が分からない訳です。最初田中としひさ先生の描かれたセラ天を見た時に「おお、これがセラ天の全身像か!」と感動した記憶があるのですが、とにかくそういう楽しみが最近の M:tG にはないのです。 M:tG のイラストには“華”こそあるべきで、“見た目の分かりやすさ”なんて不要だと私は思うのですが。

● 実際問題として

 まあ、上記の話は素人である一個人の提案であって、実現するとすれば様々な問題を生む事になるでしょう。ただ少なくとも最近の「1年に3つのエキスパンション」という仕組みがうまくいっているとは思えない状況の中で、万が一WoCがその打開策を探しているとすれば、検討して頂く値打ちはあると思っています。

 ただぶっちゃけた話、ここしばらくWoCが取る M:tG に関する戦略ってあまりうまくいっていないんですよね(笑)。ウルザサイクルはご存知の通りの不評振りですし、第6版ルールにしても必ずしも受け入れられているとは言い難いですし。多分私のようにメルカディアン・マスクスに不安を抱いている人は少なくないんだろうなぁ。本当、大丈夫なんだろうか?。

● 蛇足

 以前どこかのHPで「1度自分でエキスパンションを作ってみると、それがいかに大変かが分かる。」という意見を読みました。確かにその通りで、ですから私個人は(手間の割に実りが薄いので (^^; )その辺の話題にはタッチしない事に決めているのです。ただその意見の後に「だからWoCが変なカードを作るのもしょうがない。」という意見があったのですが、それはどうでしょう?。少なくともWoCの人間は“プロ”であり、カードを作る事で飯を食っている人間のはずです。それって極端な例を挙げると「素人が原発を作ろうと思っても難しい。だからプロが作って故障が起きても目をつむってあげよう。」と言っているのと同じです(笑)。やはりプロはプロとして自分の仕事には責任を持つべきなのです。

 それと、実はこの ぎゃざる のデュエリストやイラストレーターを総動員して“オリジナルエキスパンション”を作ろうという企画が、ひっそりと進行中だったりします(爆)。ただ流石にエキスパンションは規模が大きすぎるので、私個人は「メルカディアン・マスクスの欠点を補う小規模(10枚程度)のカードセット」を狙っていたりします。いずれ正式に企画として告知しますが、結構面白い企画(&DFの目玉となるオリジナル商品)になるのではないかと思っています。


   
なお、このページの内容に関する文責はすべて私 あいせん にあります。