少し前から我々の仲間内では話題になっているのですが、どうも日本人デュエリストには「ニアミント未満のカードには価値がない」という、いわば“ミント至上主義(ミント神話!?)”的な文化が根強いようです。ただ正直言って M:tG にそういう文化を持っているのって、多分世界中探しても日本だけだと思います。またその文化が、実は日本の M:tG に対して様々な弊害を生んでいるとも思われるのです。
実は私自身は M:tG のカードコンディションをあまり気にしないので、傷のあるカードや汚れたカードはそれなりの価値の物として評価してトレードをします。あと長年使われて傷ついたセラ等を見つけると「そろそろ休ませてあげないと。」という事で、場合によってはコンディションの良いセラと交換する事すらあります。(そのために私は交代要員として英語版4thやアンソロジーのセラを集めていたりします。)あと私は以前は「デッキをスリーブに入れない人」でした。実は今でも例の りすデッキ はスリーブに入っていなかったりします。最近M福井の店員をやるようになって「デッキケースやスリーブの実用例」として使う(持ち歩く)ようになりましたが、今でもスリーブ無しの方が手に馴染みます。でもそろそろ りすデッキ は“裏黒スリーブ”に入れてやらないとデュエルで使えないかも(笑)。
私は輸入シングルカードのお世話になっている関係もあって、「安くなるなら傷位あってもいいじゃん。」という考え方でやっています。特に Classic のカードは、そうでないとなかなか揃いません。大体あんな古の昔に作られたカードが、ニアミントの状態で発掘される事自体異常なのですから(笑)。実は今でもこっそり刷ってるんじゃないの?。 > WoC(爆)
先日の横浜での経験を踏まえて、私は福井で「コンディションの悪いカードを使う文化」を定着させるべく、ある試みを始めました。それはM福井の店頭に「キズあり」「汚れあり」という表示をした上で、通常価格よりも安いレアカード(主に人気筋の物)を置いたのです。しかもその中には“キズと呼べるかどうか分からない(でも他のニアミントの物と混ぜて売るのはちょっと・・・)”程度の物を通常価格の500円引きで混ぜてみたりしたのです。ところが、これに対するお客さん達の反応は「キズありでこの値段は高過ぎる!」という物が大勢でした。しかも自分で手に取って確認する事もなく、単に“キズあり”という表示を見ただけでそう言っているのです。流石にこれには私も呆れました。シングルカードの価格表もそうですが、最近のお客さんって「店側が表示した情報を鵜呑みにしている」だけなのですね。 (^^; まあ確かにこれでは、福井でキズありカードの利用が浸透する事は望めないかも知れません。でも M:tG カードのコンディションって、そんなにデジタル的に評価できるような物でしたっけ?。
日本にミント至上主義が横行している背景の1つに「デッキの作り方」がある気がします。例えば私の場合ですと、1度入手して気に入ったカードはボロボロになるまで使い潰すかファイルに沈めちゃうか (^^; のどちらかなので、他人にトレードで出す事はあまり考えていません。(もちろん“トレード用”のファイルはありますが、それは本当にトレード専用でデッキには使わないのです。)ですから例えばショットガン・シャッフル等も平気でやっちゃいます。つまり入手したカードのコンディションがどうであれ、結局自分で適当にダメージを与えてしまうので (^^; 逆にトレードでもらう際もコンディションが悪いカードを敬遠したりはしないのです。ところが最近のデュエリストの多くが「常に流行のデッキを作る(少し流行を過ぎたカードは早々にトレードで次の流行カードに変える)」事を考えているので、自然と使っているカードのコンディションを(異様なまでに)気にするようになります。私のような遊び方と最近流行の遊び方、そのどちらが良くてどちらが悪いかという話はこの際抜きにしますが、そういう流行の遊び方が“ニアミント未満のカードはトレードでもらわない”という文化を生み出してしまっているのかも知れません。確かに手にしたカードをいずれ手放す事を前提にしているなら、そうなっても仕方ないのだろうとは思います。
私個人は欧米の「カードを使い潰す」という遊び方が好きです。そこには“1つのポリシーに拘ったデッキを使って M:tG を遊び尽くそう”あるいは“俺はこの道のスペシャリストになってやるんだ!”という強い意志が現れているからです。よく“プロの腕前は道具を見れば分かる”と言われますが、今の日本人の中に持っているカードから「この人は M:tG に精通している( M:tG を極めている)」と感じさせる人って誰かご存知ですか?。日本人に欧米人のような世界トーナメントレベルで通用する(世界選手権を席巻する)ようなデッキが作れない理由って、案外こんな小さな事なのかも知れません。前から書いていますが、1つの道を極めるには“誰かの後を追いかけているだけでは永久に無理”なのです。私個人も「りすデッキ(クレイジーグリーン)」や「白単女キャラ・ウィニー(に代表される白ウィニー)」等の得意分野を持っています。ですから自然とその分野のカードを集めてしまいますし、そこで使うカードは良く使い潰してしまいます。私位 Kaysa(AL) をデッキに入れて使い潰した人間って日本にはいないかも、等とも思いますし(笑)。私はそんなに強いデュエリストではないですが、少なくとも今も M:tG は楽しくてしょうがないです。これは自慢でも何でもなく、私はそうやってカードを使い潰して来た事で M:tG に対する“背骨”を育てて来ましたから。
と、ここまで書いておいてあれなのですが、私は他のデュエリストの皆様に「コンディションの悪いカードも見直そうよ。」等という気はありません(笑)。“たった今(これを書きながら)考えが変わった”と言った方が正確かな。 (^^; 私や周囲のデュエリスト達は「コンディションの悪いカードとうまく付き合うと M:tG はより遊びやすくなる。」という事を知っています。ただそれって誰かに言われて強制される物ではないのです。それではD○J○辺りの情報を見て真似をするのとやってる事が変わらなくなっちゃいますし。むしろそういう文化が1つの地域や国全体に自然な流れとして広まる事が大事な訳で、逆にそうならない地域や国の M:tG は伸び悩むでしょうし、最終的には衰退するでしょう。あと私が1デュエリストとして抱いている理想像の1つに「お気に入りのカードを何枚も使い潰し、ボロボロになったカードをファイルに何枚も抱えて悦に入っている。」という物があります。私個人はそれこそが M:tG やカードに対する愛情表現ではないのかな?、と思うのです。ただ最近出たFoilでそれをやるのは流石に厳しいでしょう(入手する事自体難易度が高いですし)。私がFoilという物を心から好きになれない理由の1つがそこにあります。“使われずに飾られる”事を前提に作られた M:tG のカードにどれだけの魅力があるのか、私には甚だ疑問なのです。