先日の横浜での世界選手権では、外国のバイヤーさん達との交流の機会が随分ありました。実は私は「まともに英語が話せない癖に外国人慣れしている」という変な人間なので (^^; 会場でのコミュニケーションにはあまり困らなかった上に、何度か他の方の交渉を仲介(通訳)する機会すらありました(笑)。
実は私個人が今現在駆使してる英語って、ほとんど M:tG から収得した物です。 (^^; M:tG ではカードテキストとORACLEやGRS/CRSが読めるだけの英語力があれば、ゲームを進める上ではほとんど困りません。実際私自身それでデュエルもちゃんとやっていますし(笑)。ただ M:tG で使われる英語(専門用語やカード能力を言い表す言い回し)は義務教育の英語で習う物ではないので (^^; 逆に言うと「遊びながら覚える」しかないのです。義務教育の英語教育そのものが不要だとまでは言いませんが、少なくとも文法等に関する講釈は今現在ほとんど役に立ってません(ぉ。あと外国人の方々とイベント会場等で交渉をする場合は、これに加えて「いくらですか?」「トレードでOKですか?」「まけて下さい。」「これでいいです。」「いりません。」位の英語が話せれば大抵事足ります。1度この上記の日本語を英訳してみると分かるのですが、基本的には義務教育程度の英語で習った物&聞き覚えのある物ばかりです。(正解は順に「How much?.」「Trade,OK?.」「Discount!.」「OK!.」「No,thank you.」となります。)
ただ日本人の英語には「知っている」と「話せる」の間に物凄く高い壁があるようです。1度こいつの越え方が分かっちゃうと造作もない事なのですが、結構ここで躓いている方も多いようです。確かにこれには場数を踏む事も大事なのですが、それ以上に私個人は「話そうと自分から一歩踏み出す」姿勢が大事だと思います。実際それができない人って少なくないようですし。
さて、このままですと話が広くなり過ぎちゃうので、ここでは「 M:tG を遊ぶのに必要な英語力」に絞って話を続けます。先程も書いたように、私は M:tG を遊ぶのに必要な英語力を M:tG を遊びながら得ました。今ではGRS/CRS等はほとんど辞書を使わずに読んでいますし、裁定についてもごく一部の難しい(長い (^^; )裁定以外は自力で読んで理解しています。カードテキストに関してはほぼ問題ないかな。ただもし私が日本語版4thからずっと日本語版ユーザーを続けていたら、果たしてこうなっていたかどうかはやや疑問です。・・・とか言い出すと、また「 M:tG 日本語版不要論」に発展しちゃいそうなので (^^; ここではその話は止めますね。
よく「英語は留学すると一気にうまくなる」とか言われます。それは“必要に迫られると人間は物を覚えて賢くなる。”という事なのです。確かにGRS/CRSの日本語訳は便利なのですが、結局それは誰かの善意により支えられている訳で、いつまでも当てにできる代物ではないのです。以前その翻訳を公開されていた久嶋さんがそのサポートを辞められて、困った方も少なくないと思います(私もその1人ですが)。ですから最近私は しぐれ さん等が公開して下さる日本語訳は“英語の原文を読むための補助手段”と考えて利用させて頂いています。実際そういう考え方で利用するようになっただけで、以前に比べて英語の原文が随分すんなりと読めるようになりましたし。
このネタを書こうと思い色々考えていた時、こんな話を思い付きました。皆さんは「英語版百人一首」という物をどう思いますか?。実際に存在するかどうかは私も知らないのですが、要は日本の古典文学の代表であるあの和歌を、単純に意訳して英語版にした物です。当然読み札には全部の英訳が、そして取り札には下の句のみの英訳を印刷してあります。それを外国人向けに紹介して普及させ、あわよくば世界大会まで開いちゃおう、そんな趣旨です。
この企画を実際に押し進めた時の成否は定かではありません。ただ1つだけ言える事は“この企画では百人一首という物の持つ魅力の1%も外国人に伝えられないだろう”という事です。ただ、それじゃあ外国の方々に百人一首の持つ魅力を(ある程度)伝えて味わってもらうにはどうすればいいかと言うと、その外国の方々にある程度深い日本語の知識を持って頂くしかないのです。つまりこれって“相手に学ぶ意志がない限り不可能な話”なのです。
実は M:tG にも同じ事が言えるのではないでしょうか?。 M:tG は明らかに西洋人が生み出した1つの文化です。その魅力を我々が本当に理解しようと思ったら、ある程度深い英語の知識を持つしかない、という事です。それは Unglued というカードセットが一番良い例でしょう。やはりホーキーポーキーの正しい踊り方を知らない人間には Unglued は楽しめない訳で、従って「誰かにハワイにジュースを買いに行かせよう。」等という貧弱な発想で(極論すればイジメの道具として)しか Unglued を楽しめないのです。実際日本人が本当に Unglued を面白おかしく遊んでいる事例を私は知りません。多分私が知っているダニエル君は Unglued に関しては日本の中ではトッププレイヤーでしょう(笑)。
私は日本語版オンリーで M:tG を楽しまれている方々を批判する気はありません。ただ私個人は「それで M:tG が面白い/面白くないを語る事には案外意味がないのかも。」と考えているのです。本来 M:tG ってイラストやフレイバーテキストに至るまで、それこそ1枚のカードをしゃぶり尽くす位に遊び倒せるTCGなのです(笑)。それを日本語版(しかもカード能力のみ)を見て遊んだところで、多分その面白さのすべては理解できないのです。ただし最近の M:tG が、そういう遊び方に耐えうるクオリティを持っているかと言うと、個人的にやや疑問ではあるのですが。 (^^;それと残念ながら「 M:tG のすべての遊び方に日本語版は対応していない」という事実があります。パワーナインやデュアルランドの日本語版はないのです。ですから本当の意味で M:tG という物を骨の髄までしゃぶり尽くして楽しもうと思ったら、嫌でも英語のお世話になるしかないのです。私が JAPAN CLASSIC という物に否定的な意見を持っている理由の1つがここにあります。使用できるカードの範囲を日本語版が出ている物すべてに広げたところで、 M:tG の世界は本当の意味では広がらないのです。
はっきり言っちゃうと、今日本語版のみで M:tG を十分に楽しまれている方に、それでも「英語版や英語の情報に手を出せ!」という気は私にはありません。ただそういった日本語版ユーザーの方で「最近 M:tG がつまらなくなった」と感じ始めている方がいらっしゃるとしたら、是非英語による M:tG を始めて頂きたいと思います。特に日本語版のない絶版カードに接すると、本来 M:tG が持っていたユニークさや面白さが少しは理解できるようになります。そこまで行かなくても、GRS/CRSが原文で読めるようになるだけで、それだけで仲間内での M:tG の話題には結構事欠かない状況を作れたりします。昔日本語版はおろか日本語による情報すら皆無に近かった時代、デュエリスト達は自分達の手で M:tG を研究し、本当の意味で楽しんでいました。それがこれだけ快適に M:tG が楽しめる環境になったのに実際にはそれ程楽しめていない、それは一体なぜなのでしょうか?。最近私は日本の M:tG 関連のHPを見ていて、その内容の単調さに結構驚いていたりするのですが、それって“ M:tG を遊ぶために汗をかいている人が少ないから”なのかなぁ?、という気がしています。その傾向は例えばD○J○のコピー君の氾濫にも現れていると思うのですが、でも1つの趣味を本当の意味で楽しんで極めようと思ったら、そんなに楽に事が運ぶ訳がないのですがねぇ。 (^^;
※ ちなみに「欧米人を真似るなら、デッキじゃなくて M:tG に取り組む姿勢とかプレースタイルを真似て欲しい。」と思っているのは私だけでしょうか?。