「デュエルに勝つ事」を考える

 私は ぎゃざる で書いた記事の中で、一貫して「勝ちのみに固執した M:tG の遊び方」に関して否定的な意見を述べています。ただ同時に私は「デュエルでの勝利を目指す」事そのものを否定したつもりはありません。こういうゲームは勝敗を意識する事で個人のスキルが成長し、それによりゲームそのものも活性化するからです。

 ただ日本のデュエリスト達の持つ「勝利への執着」という物が、最近特に M:tG という物にマイナスの影響を与えているような気がします。本来そのゲームを盛り上げる要素になるべき勝敗という物が、なぜそういう弊害を生んでいるのでしょうか?。


● 「デュエルに勝つ(負ける)事」の意義

 はっきり言いますが、こういうゲームを遊ぶ時に「勝つ事」を目指さない人は多分いません。どんなにシステムが良くできたゲームがあったとしても、それでコンピュータや対戦相手に100回戦いを挑んで100回負ければ、大抵の人が「こんなのクソゲーだ!」と言って匙を投げるでしょう。 (^^; プレイヤーがゲームでの勝利をその目的とするならば、逆にそのゲームが持つべき理想像は「始めてでもそこそこ勝負できて、極めれば極めるほど勝率が上がる(なかなか負けなくなる)。」という事になるでしょう。更に贅沢を言えば、初心者が本当にそのゲームを極めた人を相手にした時にでも、少しでもいいから付け入る隙を残す事ができれば、そこから緊張感が出て面白くなると思います。私が記憶している限り、少なくとも昔の M:tG はそういうゲームでした。

 勝てば誰だって嬉しいし、逆に負ければ悔しいのです。その経験をバネにしてプレイヤーは更に精進を重ね、結果的にそのゲームにのめり込んでいく訳です。ですから勝つ経験はもちろん大事なのですが、それと同じ位プレイヤーには負ける経験も大事なのです。また負ける事を知っているプレイヤーは少なくとも「負けたプレイヤーの心情」を察する事ができるので、自分が勝った時にどういう行動を取るべきかが分かっているはずなのです。これを知らないプレイヤーは時として対戦相手とトラブルを起こし、場合によってはそのゲームそのものを駄目にしてしまう存在になるのです。

● 「良い勝ち方」「悪い勝ち方」の違いは存在するのか?

 これを読んだ方全員にお聞きしたいのですが、皆さんは最近「自分が納得できる勝ち方」をされていますか?。私個人は「自分で作ったデッキを全力でプレーし、対戦相手の様子も見ながらデュエルをする。」という事を心がけています。ですから最近は自分が勝った事に対して後ろめたさとかわだかまりを感じる事はあまりありません。勝った事は素直に喜んでいますし、負ければ素直に悔しいと思います。はっきり言いますが、デュエルに負けて心の底から喜んでいる人なんて多分いません。ですから勝つ側が自分も対戦相手も納得できる勝ち方をしてくれないと、そのデュエルそのものが存在価値の薄い無意味な物になってしまうのですよ!。

 常々私は非常に疑問に思っているのですが、最近多い「他人のデッキをコピーして勝つ」方って、本当に自分がデュエルで勝利した事を素直に喜んでいるのでしょうか?。デッキ構築とプレイングって M:tG ではゲームの重要な両輪とも言うべき要素じゃないですか。その内の半分を他人に依存して、それで勝って喜べる性格の持ち主の心情を少なくとも私は理解できません。言い換えると私は「他人が作ったデッキを渡されてそれをプレーして勝っても、とても喜ぶ気にはなれない。」のです。私も他の方のメタ・ゲームの手伝い等でそういう事をする機会は結構ありますが、それで勝って嬉しいとは微塵も思いませんし、ましてや「勝った勝った、やっぱり俺は強い!」等と自慢する気には絶対にならないのですが(笑)。

 あと私個人は M:tG の持つ「対戦相手との駆け引き」とか「読み合い」が好きなのですが、最近の M:tG にはそういう要素が著しく無くなりつつあります。実際そういうデッキを実現するためのカードが登場している訳ですからしょうがない面もあるのですが、ただそういう“一人遊び”なデッキを週末のデュエルルーム等で使って暴れ回る必要性を私個人は見出せないのですが。 (^^; 何しろ M:tG を始めて数週間、使った予算は数千円という人にそういう「金に物を言わせたデッキ」で挑んで負ける方がおかしい訳で(笑)、でもそれで勝って妙に優越感に浸っている人がどうも少なくない印象があるのですよ。

● デュエリストとして積むべき経験

 最近のデュエリスト達を見ていると、その多くが「プロセスよりも結果重視」という傾向が強いようです。自分のデッキ構築やプレイングに関するスキルを鍛える事はそこそこに、とにかくデュエルで勝つ事が最優先なんですよ。例えると「RPGを攻略本に頼ってクリアして自慢する子供」という感じかな。実際にはただ誰かの作ったデッキを“プレーさせられている”だけなのに、それに異様なまでの喜びというか優越感を感じているのですよ。

 確かにそれって M:tG を遊ぶ1つの方法としては正しいのかも知れません。実際 M:tG には「他人のデッキをパクるな!」という決まりはない訳だし(笑)。ただ1つだけ言っちゃうと、そういうバックボーンの薄いプレイヤーとのデュエルは面白くないのです。その極端な例が「コピーしたデッキの回し方が分からずにデュエル中に長時間悩み始める人」あるいは「自分が優勢(劣勢)になると対戦相手が不愉快になる言動を平気で取る奴」の存在です。こんな人とのデュエルを面白いと感じる方は多分少数派だと思います。そういう人に、今日始めてDCI公認大会に参加したような人が当たったらどう考えると思います?。そりゃそのデュエル1発で M:tG そのものに対する心証を害してやめちゃっても無理からぬ事です。

 最近のデュエリストの多くが「デュエリストになるために積むべき経験をして来ていない」という気がします。最近は Standard 環境下で使えるカードを一通り使ってみる事もそこそこにデュアルランドやパワーナインに手を染める中学生もいるようですが(笑)、それと同じ事が彼らのデュエリストとしての成長過程でも起こっている訳です。それが良いか悪いかはこの際別問題なのですが、少なくとも社会経験が不足した状態で体だけが大人になればアンバランスになるのは当たり前な訳で、しかも我々多くのデュエリストがその事に気が付かずに放置してきた訳です。

● 勝負の世界での「負ける事」の意義

 将棋の世界ですと、プロ棋士は「駒落ち」や「百面差し」等のイベントで初心者/中級者と対戦します。普通プロは勝って当たり前の商売なので、本来そういう自分が不利になる対戦はやりたがらなさそうなのですが、でも彼らはそういうイベントに自ら積極的に参加しています。そして百面差しで自分を負かした小学生が現れると、その指し手を再現して(これを覚えているのだからビックリなのだが!?)「この一手が良かったね。」等と誉めるのです。勝ったその小学生にしてみれば「プロに勝った」訳でそれだけでも嬉しいはずなのに、ましてやその指し手を誉められればますますそのゲームに興味が湧いて意欲的に取り組むようになるでしょう。

 これに対して、例えば以前あった格闘ゲームの組み手イベントとなると、いわゆる“鉄人”と称して登場する人のほとんどが「勝ち狙い(戦績)」に固執していて、見ていてお寒いというか面白くないのです。会場の雰囲気にしても参加者が勝った時に「勝った方を賞賛する」のではなく「負けた鉄人を野次る」という空気が支配的だし。これでは流石にそのイベントがゲームの人口を増やして活性化する雰囲気にはないかな。少なくとも“対戦相手に負けると罵声を浴びせたり対戦台を蹴飛ばす鉄人”のいるゲームに未来があるとは私には思えなかったし(笑)。まあそういう人間が鉄人を名乗ってデカイ顔ができたという業界の体質にもかなりの問題を感じるけど。 (^^; 私は以前某番組に出演されていた道場六三郎さんが今でも好きなのですが(1度だけ羽田空港でお姿を拝見した事がある)、やはり鉄人を名乗る人にはあの位の風格とか余裕が欲しいのです。

 我々があるゲームを始める時に「勝てるようになると面白くなる」事は分かり切っているのです。ですから後進を育てるべき立場にいる人達は「何らかの形で初心者や中級者に負けるのもたまにはいいか。」という自覚というか余裕を持つべきなのです。私が見ている限り、そういう形で後進を育てようという意識が上級者達の中にしっかりとあるゲームは大いに盛り上がり、そうでないゲームは絶対に廃れます。そして今現在日本の M:tG は間違いなく“後者”なのです。でも私が最近知った「本場の M:tG 」はそれがちゃんとあって、ですから対戦相手やギャラリーをも巻き込んでそれはそれは大いに盛り上がるのです。

※ 勘違いして欲しくないのですが、これと「わざと負ける」のとは全く次元の違う話です。

● では、どうすればいいのか?

 この問題は特に最近生まれたゲームに多く見られ、過去にパソコン通信や雑誌等で何度も話題になっていますが、でも実際には誰一人として解決策を見出せていない訳です。でも昔から存在する囲碁や将棋は今現在あのような「勝敗を競っていて、なおかつ見ていて清々しい。」世界になっている訳です(裏がどうかは知りませんが《ぉ)。DCIは M:tG を囲碁や将棋に匹敵するレベルの高いゲームにしたいようなのですが、現実にはその方法論さえ見つかってはいないのです。ましてや今の日本の実状を見ていると、私には日本で M:tG がそこまでレベルの高いゲームになるとはとても思えません。囲碁や将棋に比べて M:tG が何より致命的なのは勝敗以外の M:tG の楽しみ方を提案する人が日本には極めて少ない事なのです。私に言わせると格闘ゲームはこれが無くて滅びました。そしてまさに M:tG も同じ道を歩みつつあります。

 私個人はこれに関して「誰か出て来てくれぇ〜!」等という待望論でこの話を締めくくる気はサラサラありません。私は過去の経験から「救世主は待っていても現れない。」と思っていますので。 (^^; 今私はそういう先駆者になるべく(こういう場で自分自身を叱咤激励しながら (^^; )頑張っている訳ですが、はっきり言うけどこれって難しいのよ(笑)。自分で遊んでいるだけの時の何倍もの知識や経験が求められるから。 (^^; 実際に目指したところで自分がそうなれるとはとても思えないのですが、ただ志を持つのと持たないのとでは雲泥の差でしょう?。少なくとも私個人は「あの人はデュエリストとして強い」という評価よりも「あの人とのデュエルは面白い」あるいは「あの人にデッキの事を相談すると良い事がある」という評価を受ける人間になりたいのです。実際やってみるとそれはそれは大変な道のりだけどね(笑)。


   
なお、このページの内容に関する文責はすべて私 あいせん にあります。