片思いの君へ 
 
 井上瑤さん追悼・・・という内容にはならないかもしれませんが。

 私はかれこれ人間を30数年やってきています。当然その間には色々な事があって、もちろん多くの人の死という物を見てきました。一昨年には父親も亡くしていて、その時のショックの大きさは今も忘れられません。しかし今回の井上瑤さんの訃報は、私の中では今までのそれとは異なるかなり特異な物になっています。当然私は井上さんとは全く面識がありませんし、実を言うと実際の年齢とか本名、あと芸名の読み方が“いのうえ・よう”であるという事も今回の件で初めて知りました。そりゃもう頭から“はるか”だと信じ込んでましたからね(汗)。

 井上さんの訃報を聞き、それが事実であるという確たる情報を見た時、私の中には言い様のない虚脱感が込み上げてきました。それで今これを書いていて、実はかつてこれと同じ感覚におそわれた事があるのを思い出しました。最初に勤めた会社で私が一方的に一目惚れした女性がいたのですが、その彼女が別の男性と結婚して社内報にその紹介記事が載ったのを見た時、その時の感覚にそっくりだったのです。なんか「終わったな。」というか、もの凄く大事な物を失った喪失感。こうなるのならもうちょっと事前に何かできなかったのか、そういう後悔の念。そして大事な人が自分の手の届かない所に行ってしまった悲しみ。言葉で言い表すとそんな感じです。さすがにその結婚の報を読んだ時には泣きはしませんでしたが、今回はちょっとダメでしたね。当然私の中での井上さんの位置付けは“セイラ・マスの声優さん”な訳です。申し訳ないのですがそれ以外の出演作品については訃報で知ったような有様です。ただそれでも私にとってはもの凄く大きな出来事だった。それは間違いない事実です。

 さて、しかし世の中はどんどん前に進んでいて、多分今後もセイラ・マスというキャラクタはガンダムが何らかの形で商品化される度に世に出てくる運命にあると思います。彼女は多分ガンダムという世界の中ではトップクラスの人気キャラクタのはずですので。しかし井上さんはもうこの世にいない。つまりセイラ・マスの一部は既に失われた訳で、完全な形での彼女の復刻はもうあり得ないのです。ただそんな事で企業がセイラ・マスの復刻を諦めるはずがない。それは歴史が既に証明しています。それこそルパン三世やマ・クベ大佐のように代役を立てて・・・そんな話も出るんでしょう。確かにそれを最近のガンダムファンの多くはそれなりに受け入れるかもしれません。しかし私のようにリアルタイムでガンダムにはまって、それこそセイラさんの入浴シーンを撮るために映画館でフラッシュをたきまくるような方には到底受け入れられる事ではないと思います(笑)。あ、ちなみに私は神に誓ってやってませんからね。 > フラッシュ撮影 (^^; 

 私の中で“セイラ・マス”というキャラクタは、他の物では代役が効かないんですよ。そしてその声はやはり井上瑤さんの物でなければダメなんです。多分ガンダム、特にファーストと呼ばれる作品にはそういうキャラクタが数多くいました。だからファーストから派生したサイドストーリーの作品も作られ、アムロやシャアを登場させた続編もヒットした。そういう事だろうと思います。少し前にそのファーストがDVDでリメイクされて吹き替えをすべて収録し直したのですが、マ・クベ大佐の声優さんが不慮の事故で死去されたという事で代役を立てた、それすら決して少なくない方々には不評だった訳です。ましてや今後井上さん亡きガンダムの復刻なんて・・・多分それこそ見向きもしないガンダムファンは大勢現れるでしょうね。

 じゃあそれって単なるユーザーのわがままなんでしょうか。違いますよね。はっきり言いますが、それってそこまで我々を熱中させのめり込ませた作品を作っちゃったサンライズが悪いんです(笑)。例えば今コミケの会場にセイラ・マスが実体化して現れて、彼女が「軟弱者!」とか言いながらビンタをしてくれる。なんて企画をやったら、受付に何万人並ぶか私には想像が付かないです(爆)。あ、あとギレン総帥が実体化してコミケ会場で「ジークジオンやります!」なんて事になったら、それこそその場で国家の1つも立ち上げられるんじゃないでしょうか。 (^^; でも大げさでも何でもなく、ガンダムとはそういうアニメなんです。そしてだからこそ大事にして欲しいのです。下手な代役を立ててリメイクするよりも、それこそスターウォーズみたいにデジタリング処理とか何かでオリジナルから完全保存版を作る方がいいんじゃないでしょうか。はっきり言いますが私の中でセイラさんは“Gファイター”のパイロットです。決して戦闘機に毛が生えたような間に合わせ機体のパイロットではないのです。

 他の物では代役が務まらない。そういう物をこの世に残せる人は幸せなんじゃないでしょうか。井上さんご自身がどういう人生を送ってきたか、私はほとんど知りません。漏れ聞こえてきている限りでは、特にここしばらくは決して平穏な生活ではなかったようです。でも井上さんが作り上げた多くのキャラクタ達は、それこそこの世からアニメヲタクが絶滅するまで彼らの心の中で生き続けるのです。(何かあまり誉めている表現になってない気がしますが。 (^^; )そして私達もそういう物を目指して生きてみてもいいんじゃないか。今はそんな気持ちでいます。私自身井上さんの訃報に触れた当日にはかなり落ち込みました。しかし幸いな事にその日は会社が休みで、翌日は普通に会社に行きました。まあ案の定仕事はあまり手に着かなかった訳ですが、そんな中でふとこんな事を考えたりしました。自分にしかできない事を見つける。自分が生きたという確たる証をこの世に残す。そういうちょっと欲張りな行き方をしてもいいんじゃないか。そう考えて今まで以上に前を向いて生きていこう。今はそう何よりも自分自身に言い聞かせているところです。

 という事で、改めて井上瑤さんこと漆川由美さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。