| 特集: Magic の今と未来 | ||
| フォーマットについて | ||
昔から Magic の世界では、様々なフォーマット(レギュレーション)の存在意義に関する議論が幾度となく行われてきたと思います。フォーマットというのは言ってしまうと“TCGという世界の中で使われる言語”のような物です。同じTCGの世界に生きている者同士が共通に話せる言語がないのは不便だ。だからすべてのプレイヤーが共通して話す言語を何か制定しよう。元々はそういう発想だったはずです。そして Magic の世界では、結局WoCやHJの半ばごり押しもあって (^^; Standard というフォーマットがその共通語に決められた訳です。ところがこの Standard という言語は、実際にはWoCやHJが言うような誰にでも話せる取っつきやすい言語ではなかったのです。それは今さら言うまでもなく皆さんご存知ですよね。しかも多くの競技イベントでもこの言語が採用された事で Standard の持つ敷居に高さが増す結果となり、やがて“ Standard の強制によってプレイヤーの Magic 離れが進む”という結果を生み出すこととなりました。おまけにそれ以外の、競技にはあまり採用されない言語を推奨する動きは、どういう訳か事ある毎に非難や攻撃の対象になっていて、今じゃすっかり日陰者扱いです(笑)。
我々もかつて子供の頃、誰に教わる訳でもなく日本語(あるいは他の言語)を修得してきたはずです。しかし我々は「日本語を話せなければ日本という世界では暮らしていけない」なんて強迫観念から日本語を習得したでしょうか。多分違いますよね。むしろ我々は自然に日本語を、最初は断片的にですが少しずつ覚えていったはずです。それと我々がそれなりに日本語を習得する課程で、例えば「まんま」といった幼児語を使った際に「『まんま』じゃねえだろう。正しく『ご飯を下さい』と言わないと飯はやらん!」とか無理やり言葉を矯正された経験も多分ないと思います。 (^^; それはそんな行為には意味がないことを皆知っているからです。そして子供が始めてハイハイをしたり立ったりした時と同様、最初に「まんま」としゃべった事を周りの人達はもの凄く喜んでくれた。その後もとにかくお腹が空いたら「まんま」と言えばご飯が出てきた。そういう自分にとってのプラスの経験が言語の習得を早めてくれたはずなのです。
日本の Magic における Standard 偏重というのは、言ってしまうと昔ながらの文法偏重な日本の英語教育のやり方そのままなのです。そりゃあ現状の日本人の英語レベルを見れば分かるように、身に付かなくて当たり前です。しかも Standard という言語はそれこそ数ヶ月単位で大きく文法が変わり、その度にプレイヤーは更に多額の投資をしないと共通語が話せなくなります。最近この Standard 偏重は緩和されていると言われますが、しかし実際は限定戦やブロック構築という(ある意味) Standard よりも更に遊ぶのに金がかかるフォーマットを推進しているのが現実です。さすがにこれだけ窮屈なゲームが日本で広く普及するはずがない。私が今まで言ってきたのはこんな極めて当たり前の話であり、そして今やそれは現実になっているでしょう?
多くのデュエリストがそれでも Standard に拘る理由は色々とあります。例えば「自分は昔のカードを持っていない。昔の強いカードを使われると自分は勝てないから Standard がいい。」という理由です。しかし私みたいな古参デュエリストに言わせると、それこそ全く逆で「最近のカードはオーバーパワーで自分のカード資産では到底太刀打ちできない。しかも昔のカードに比べて趣味がいいとも思えないから、最近のカードが入ったデッキとは戦いたくない。」となるのです(笑)。また「自分は半ば Magic から引退してしまったけど、手持ちのカードで遊べるなら Magic を続けたい。」という人だって少なからずいます。そういう方が Magic を遊ぶのにも最近発売されるカード購入を半ば強制される。これではやっぱり窮屈になって Magic から足が遠のくのが必然です。最初の章で触れたように、人は“楽しいから”言葉を覚えたはずです。最近大手の英会話学校では、授業というかレッスンの楽しさや手軽さを強調する所が増えてきています。手軽に通えて楽しいから長続きするしうまくなる。そして結果的に多額のお金を長期間英会話修得に出し続けてくれるのです。しかしどうも Magic にはそういう発想がなくて、なんかこういう面でも競技偏重で、しかも残念な事にそのメリットよりもデメリットの方が全面に押し出てしまっている。だから期待したほど売れない。他のより面白いゲームに簡単にシェアを奪われる。一度始めた人も多くが離れてしまう。そんな感じなんです。
最近私個人は「単純に Magic を遊ぶ上で、もはや Standard という共通語は従来の存在意義を失っている。」と感じています。確かに以前は福井でも Standard の大会を開けば人が来ました。しかし今はむしろ Type-I や DarkMagic のイベントの方が安定して人を呼べるのが現実です。少なくとも我々の Magic カテゴリーの中では、もはや Standard は共通語としての役割を果たしていないのです。そしてそういう地域は他にもあるようです。だとすれば、それでもそういった地方に Standard での会話を強制するのは、はっきり言いますが更なる Magic からの脱落者を生む結果しかもたらさないでしょう。
競技の場にはフォーマットが必要。それは私だって理解しています。ただ本来は競技用のフォーマットであった Standard を、共通語と位置付けて言葉を覚えたての子供にまで押し付けた。これは過去に何度も言っていますが、私はそれを問題視している訳です。でも共通語を話すなんて、それこそ方言でも何でもいいからしっかりと言葉を覚えてしまえば、その後どうにでも矯正がきくものなのです。それと本来 Magic は「 Standard という言葉を話すと、こんなに世界が広がって Magic をより楽しめるんだよ。」という楽しさ、あるいはメリットを与える事でプレイヤーに Standard を遊ばせるべきだったのです。しかし実際にはそれもやっていない。だからこうなった。話は実に簡単なのです。
私は以前から「競技 Magic と一般の Magic はフォーマットを分けるべきだ。」と主張してきました。しかしWoCの手によってそれが実現しない。そしてそれが一因となって Magic が伸び悩み、今や更に落ち込んでいると思われる。こういう現実を見ると“もはやユーザー自身の手でやるしかない”と考えています。その具体的な実現案が福井における Type-I 推進や DarkMagic 導入になるのですが。こういった方言が嫌われる大きな理由の1つに「遠征者が不利益を被る」という物があります。しかし今時福井みたいな田舎に Magic で遠征しようなんて物好きはほとんどいないでしょう(爆)。あとそういう発想って、結局突き詰めると「俺は遠征先でもデュエルで勝ちたいんだ。だからお前らのイベントでも俺様が最も得意なフォーマットで暴れさせろよ。」という発想だったりします。この際なのではっきり言いますが、そんな利己主義&勝利至上主義に凝り固まった遠征組は、地元民に到底歓迎されるものではありません。 (^^; そしてそれは多くの地方で同じだろうと思います。どうも“郷に入りては郷に従え”という良い言葉をご理解されていない方が少なくないようで。その地方でそういう文化や風土が生まれたのには、ちゃんとそれなりに合理的な理由や背景があるのです。それを無視して自分が慣れ親しんだ文化や風習を押し付ける。これじゃあうまく行く物も行かないです。あと Standard がそんなに言語として優秀なのであれば、こんな田舎にだってそれを推進しようという強力な動きが現れるはずです。確かに一時期はそういう動きもありましたが、しかし今ではすっかり影を潜めて(福井市では)事実上消滅しています。そして何だかんだ言ってバリバリに訛った福井弁をしゃべるデュエリストが細々と Magic イベントを続けている。これが現実です。確かに Standard による Magic も遊ばれてはいますが、少なくとも今や福井では Standard も“単なる方言の1つ”に過ぎません。これは決して少なくない地方で同じ事が起きているはずです。(ただ公言するとあちこちから叩かれるのであまりおおっぴらにはされていないようですが。 (^^; )
ただそういう言葉を操る際に、忘れてはいけない事が幾つかあります。例えば目の前に言葉を覚えたての小さな子供が来た時に、我々が言語習得の手助けにと新聞記事や今話題の芥川賞を受賞された小説等を読み聞かせる事には多分意味がありません。 (^^; そして我々はどういう訳か、そういう場面では自然と自分も幼児語を話し、相手に理解できる言葉でコミュニケーションを取ろうという姿勢になっているはずです。実は本来なら Magic にも全く同じ発想が必要なのです。しかしどうも Magic にはそれができない方が少なくないようで。初心者が2〜3千円で買ったカードで作ったデッキを、それこそGAMEぎゃざに載った超絶デッキのコピーで完膚無きまでに叩きのめし、それで悦に入って相手にデッキの蘊蓄(当然それもコピーですが)まで語り始める。そういう“痛いヤツ”が少なくないようなんですよね。 (^^;
あと先程触れた“郷に入りては郷に従え”という言葉ですが、これは逆の話もあります。もし私が Magic を遊びに他の地域に行くとしたら、当然そこの風土や習慣には従う必要があるのです。でも現実にはその地方の風土や習慣って、実際に行って体験してみないと良く分からなかったりします。我々がこういう場で「福井の Magic は今何をしているのか?」という話を書くのは、実を言うとそういう意味合いもあったりします。あと自分が移り住んだ地域の風土や習慣に疑問があるとしたら、それは変える事にチャレンジしてみてもいいかも知れません。ただしあまりジモティとの軋轢を産まないように (^^; 慎重に事を進める必要があるでしょうが。
さて、では以上のお話を踏まえて Magic のフォーマットに関する私なりの提案を。これだけ競技による Magic 普及の頓挫が決定的となった今、我々は“ Magic を楽しんでもらって広める”という、本来ゲームの人気が盛り上がってより売れるためのごく初歩的な視点に立ち返って、今後の身の振り方を考えるべきだろうと思います。まずは何と言っても“より Magic 未経験者や初心者が話しやすい言語”を誰でもないWoCが提唱し、それを多くの人達に実際に遊んでもらう施策を取るべきです。そうなればニューカマーが始めて買ったカードの資産範囲で作ったデッキで、ひょっとするとその日のうちにデュエル初勝利という経験ができるようになるかも知れません。誰でもゲームに勝つのはうれしい訳で、それがきっかけで Magic に熱中してくれるデュエリストが大勢現れる可能性は十分にあります。
それと現在競技で最も頻繁に使われる幾つかのフォーマットは、この際“競技専用”と位置付けて安易に初心者には勧めない方がいいだろうと思います。そうやって一般デュエリストと競技プレイヤーが遊ぶフォーマットを使い分けると、今起こっている“特定の強力なカードに人気が集中する”“トレードが成立しない”“デッキが画一化してデュエルが面白くない”といった問題の相当部分が改善されるはずです。あとそういう意味で“コレクション”というのも実は立派なフォーマットの1つで、ある意味競技以上に Magic の売上に貢献する可能性を持っている。そういう認識も持つべきでしょう。コレクターがコレクション意欲をそそられるカードを出す。コレクターが自分のコレクションを披露したりコレクター談義に花を咲かせるような場を提供する。そういうTCGとしてはごく基本的なインフラの整備も必要だと思います。
あと我々デュエリストもこの際、WoCやDCIが提唱するフォーマットへの拘りを捨ててもいいだろうと思います。例えば自分はウルザサイクル〜オデッセイサイクルのカードをたくさん買って持っている。ならばそのカードをメインに堂々と遊べるフォーマットが自分の地域で広まれば、自分にとってこんなに遊びやすい Magic の環境ってないですよね。だったらやってみればいい。簡単に言うとそういうことです。実際に福井みたいな田舎でですら、今や DarkMagic というローカルフォーマットがある部分の Magic カテゴリーを維持する戦力になっています。あなたが提案したそのフォーマットにちゃんとした意図と志があって、あなた自身にそれを多くの人達と楽しみたいという熱意や意欲があれば、それなりに賛同者は現れて定着させる事は可能だと思います。
話す言語が幼稚だろうが何だろうが、とにかく今は“ Magic を話すのが楽しい”という場面や機会を多く作る事が大事である。これが今回の私個人の結論です。DCIが推奨するフォーマットや認定トーナメントが自分の地域の Magic 推進には役に立っていない。だったらそんな物にこだわる必要はないんです。まずは方言でも幼児語でもいいから Magic という言葉を話してくれる仲間を増やす。そういう視点が今は最も大事になっていると思います。極端な話ですが、あなた自身が遊ぶフォーマットは、目の前に現れた Magic 仲間が持っているカード資産を見てから考えたっていいんです。そうやって多くの仲間を得て、方言でもいいから Magic が達者に話せるようになれば、その知識はいずれ共通語を覚えて認定トーナメントにデビューしたくなった時にも間違いなく役に立つでしょう。そして結果として日本国内の Magic 市場も大きくなって、その人気や知名度も・・・まあ今よりは多少何とかなっているのではないでしょうか(笑)
本編で触れた“初心者が取っつきやすいフォーマット”というお話ですが、私個人はこれについて、いわゆる限定戦( Limited )は候補にならないだろうと考えています。限定戦は同時に遊ぶ人達が、カード資産という点では“同一条件”になれるフォーマットです。しかし競技の世界で言われているように、限定戦はカード知識とプレイヤーの経験値がかなりの物を言います。この部分においてニューカマーが決定的に不利な状況にある中で、両者のカード資産が“同一条件”ではニューカマーにまず勝ち目はありません。また1つのカードをじっくり使い込むという機会が乏しいため、その知識や経験も得にくいのです。それとドラフト戦は使用後のカードの分配などで不正が入り込む可能性が高いですし、何よりも“マネードラフト”という用語に代表されるように、今や賭けの対象として遊ばれる機会が多いのが現実です。そういうフォーマットを初心者に勧めるのは、私個人はもの凄く抵抗を感じます。ちなみに福井ではこの問題について「その場で使われたカードは全部集めてニューカマーに持ち帰ってもらう」という形で対応した歴史があります。ただこの時はドラフト戦ではなくシールド戦だったんですが(笑)。
あと何よりも、限定戦にはニューカマーが“ Magic にのめり込むきっかけ”が乏しいのです。私のように1枚のカードに出会って Magic を始め、そしてクビまでどっぷり浸かって気が付いたら抜け出せなくなっていた。 (^^; そんな経験を持っているデュエリストは決して少なくはないはずです。そういう出会いみたいな物がどう考えても限定戦では得られにくいのです。そうすると結局のところ Magic が単なる“デュエルに勝つための手段”になり、カードが“デュエルに勝つための道具”にしかならない。だからそういう殺伐とした世界に飽きて Magic を離れてしまう。こんな悪循環はもうそろそろ絶つ必要があるのです。また逆にそういう出会いをニューカマーに与える事ができれば、その方はデュエリストとしては引退してもコレクターは続けてくれるかも知れません。そうすれば結果として Magic は売れるし、何かのきっかけでプレイヤーとして復帰される可能性も十分にあるでしょう。
以前に「いくら競技が Magic の売りだからといって、ニューカマーを Magic に招き入れるのにいきなりORACLEやフロアルールを見せる人はいない。」という話を書いた事があります。実際そうですよね。じゃあ果たしてどういうフォーマットがニューカマーの受け入れには向いているのか。実はその問に対する答えは“その場の状況を見て決めるしかない”というのが私個人の持論です。例えばあるカードのイラストがもの凄く気に入ってしまった人がいた。そうしたらまずはそのカードが収録されているパックを一通り買ってもらい、それで引けなかったら適当にそのカードを差し上げて、その上で手持ちのカードでデッキを作ってもらい、こちらもそれに合わせたデッキを準備して対戦も楽しむ。こういう方法がやはりベストだろうと私は思います。また「じゃあ取りあえず遊んでみたいので教えて。」とか言われたら、後々の事も考えて最新のパックを買ってその範囲でデッキを作ってもらう。そういうやり方になるだろうと思います。最初から自分が使う色を決めうちして入ってくる人や、ひょっとするとコレクションから始める人も現れるかも知れません。つまり“100人のニューカマーには100通りの接し方がある”のです。ただ実際の日本の Magic はそれを Standard というフォーマットで間口を画一化してしまった訳で、そりゃあニューカマーが定着できなくて当たり前でしょう。
目の前に現れた人の年齢や趣向、そして自分との関係や親密度。それに応じて我々は目の前の人と話す際の言葉遣いを適度に変えて、そして会話を楽しんでいると思います。そういう発想というか工夫が実は Magic にも必要なのです。こんな話は普通に考えると極めて当たり前の事なのですが、ただその当たり前が分かっていない個人や組織が少なくなくて、それ故 Magic は今のような歪な遊ばれ方になって落ち目になってしまった。私はそう考えています。でもそういう視点を日頃から持ってやっていれば、それこそ日常会話と同じように普通にできる事なんですけどねえ。