| 勝ち組の法則 | ||
ちょっと興味があって、日本でのレジャー産業の最近の動向について調べてみました。パチンコ業界は少し以前から“1兆円産業”と言われているのですが、どうやらこの数字はパチンコやパチスロ機のハードの売上だけの話だそうです。当然パチンコ業界はそのハードを使った営業での売上で維持されている訳で、その売上の方は2002年度で29兆円以上(ちなみにパチンコ人口は約2170万人)になるそうです。やはりそれだけの売上がなければ、あれだけ派手なパチンコホールやTVCMなどは維持できないんですね。あとその他の趣味の市場規模ですが、例えばゴルフ用品は2001年度実績で2600億円あまり。ゴルフ業界全体は1兆6000億円あまりだそうです。これだけの市場規模と知名度があるのであれば、現在行われている高額賞金がかかったプロツアーの開催にも意義があるだろうと思います。
これに対してTVゲーム業界は、その市場規模は2002年実績で日本国内のみのハードとソフトの合計で約5000億円ほど。言うまでもなくパチンコ業界には足元にも及びません。(しかも1997年以来確実に市場規模は縮小し続けています。)ところがパチンコの事業所数は1999年の統計で約15000店あまりなのに対し、TVゲーム販売店は2000年度の統計で約5000店もあるんだそうです。つまり1店舗当たりの売上を単純に試算すると、TVゲーム販売店はパチンコ店の0.5%にしかなりません(笑)。インターネットで検索をかけてみると、パチンコ店では1店舗当たり年商50億円とか100億円なんて店ですら見かけられます。それに先程計算した比率を単純に適用すると、TVゲーム店って年商5000万円という店が実はかなり凄い部類に入ると思われます。この数字は結構実勢というか我々の感覚に近い数字なんじゃないかと思いますが、それこそCMや値引きなどを派手に打てる大型チェーン店でもなければなかなか実現が難しいでしょう。ちなみに現在、日本でのTCGの市場規模は約150億円あまりではないかと思われます。まあ言うまでもなくその大部分を遊戯王OCGとデュエル・マスターズが占めていますが。(ただしガンダム・ウォーの売上額が公開されていないので、この数字はあまり正確な値ではないと思います。)
さて、TVゲームやTCGをこんなビッグ・ビジネス達と比較するのはあまりにも気の毒なので (^^; もうちょっと身近な物と比較してみます。
デュエル・マスターズを発売しているタカラが同じく発売している“バウリンガル”という商品があります。(今更バウリンガルについては説明する必要がないと思われるので割愛します。)このバウリンガルは“ブームになったヒット商品”として何度もマスコミなどに取り上げられているのですが、実はその売上額は同時期のデュエル・マスターズの半分程度しかありません。(タカラの2002年度決算で、デュエル・マスターズが約40億円であるのに対し、バウリンガルは約24億円程度でした。)しかもデュエル・マスターズは2002年度当初のタカラの業績見通しを上回る売り上げを記録したのに対し、バウリンガルは同見通しを下回っているのです。(しかもある証券会社のリサーチによると、バウリンガルは2002年度のタカラの利益にはあまり貢献していないそうです。今年度は韓国や米国にも進出して増収・増益を図るようですが。)
では、そういうバウリンガルがなぜ世の中で“ブームになったヒット商品”と言われ、それに対してバウリンガルの倍近くも売れているデュエル・マスターズがブームと言われないのか。実はここにTVゲームやTCGが低迷している原因、そしてその市場や人気を挽回する鍵があるのではないか。私個人はそう感じています。
これは私自身も以前から唱えている説なのですが、ブームとは「誰かが『この商品は今ブームになっている!』と思っている、あるいはそう公言している人が大勢現れる事である。」という事です。実を言うと「実際にどれだけ売れているのか?」はあまり見られちゃいないのですよ。例えばかつての“なめ猫ブーム”というのを皆様ご記憶かどうか分かりませんが、あのなめ猫ブームで売れたなめ猫関連のグッズの総売上は、あるTV番組での情報によると約44億円程度だったそうです。つまりそれこそデュエル・マスターズとほとんど変わらないのです。(まあ当時の円の価値は今よりは多少高かったはずですが。)ところが一般世間での両者の扱いには決定的な違いがある。これは一体何なのでしょうか。今後例えば日本の世相や流行を振り返るTV番組が放映される場合に、なめ猫が取り上げられる事はあってもデュエル・マスターズはまず間違いなく取り上げられないでしょう。あまつさえ、その何倍も売っている遊戯王OCGですら、恐らく将来マスコミに「かつて一世を風靡した・・・」なんて取り上げられ方をする事はまあ無いんじゃないかと思われます。
昔から商品は「子供か女性に売れるとブームになる。」と言われてきました。ところが最近、どうも日本の子供達がブームを起こせなくなっている気が私個人はしています。これは別に最近になって子供向けの市場が小さくなった訳でも、彼らの購買意欲が薄れてしまった訳でもありません。そして少なくとも子供達の中では、今でも間違いなくブームは起きています。ただマスコミは事ある毎に子供が遊ぶゲームを攻撃し、それを材料にして大人達に自分達の報道を見せよう(買わせよう)とします。実際にTVゲームも遊戯王OCGもマスコミからやり玉に挙げられました。そうなると最近子供達がどれだけ1つのゲームに没頭してその市場が伸びても、結果としてそのゲームが「子供の健全な育成を阻害する。」「子供から金をむしり取る悪質な遊びだ。」等といった批判の対象にしかならないのです。当然そういう報道を読んで学校でそのゲームを禁止する動きも強まるでしょうから、そんな状況でゲームが本当の意味でのブームになり得る訳がありません。
ところがマスコミで評論を書く人達は未だその多くが男性であり、彼らの多くは若い女性に目がありません。 (^^; またそれを読む読者の半分はやはり男であり、その多くが女好きである(笑)。だから女性の間でブームになった物は相変わらず好意的に受け取られ、世の男性諸氏にも「この情報を知らないと女の子にもてないぞ!」とばかりに紹介されるのです。(色んな意味で表現が古くてすいません。 (^^; )だから女性が好んで買うバウリンガルはブームだと言われてマスコミにもてはやされるけど、その何倍も売れてるTCGは女性があまり遊んでいないのでブームと言われない。ほら、何となく辻褄が合ってきたでしょう?。つまり世の中で、あるゲームをブームであると世に認識させようと思ったら、今は何よりも「女性にうけている」そして「マスコミの批判の対象になりにくい」という2つの要素が必要になっているのです。その内容とか面白さ、奥の深さ、そして今現在どれだけ売れているかなんて要素は、実際のところほとんど見られちゃいないのですよ。
じゃあ、そういう観点から改めてTCGについて見てみましょうか。最近TCGの世界でも女性プレイヤーが相当数活躍されているようですが、しかし一部大会の参加資格を女性限定(あるいは男女のアベック)としているアクエリはともかく、その他のTCGイベントで上位の顔ぶれに女性の名前はあまり挙がっていないはずです。市場全体に占める女性プレイヤーの比率もかなり低いと思われ、現状では「女性にうけている」なんて到底言える状況ではありません。それに加えてTCGでは、昔から“カード地獄”とも言われるプレイヤーへの金銭的負担の大きさが問題視されています。また週刊誌等による遊戯王OCGへの批判では、シャーク行為や暴力沙汰によるカードの搾取なんかも取り上げられていて、当然そういう批判は他のTCGにも当てはまるはずです。つまりTCGというゲームの現状は、間違ってもマスコミが好意的に取り上げられるような物ではなく、むしろ週刊誌辺りが“子供に絶対に買い与えてはいけないおもちゃ”として取り上げるような商材なのです。それでTCGが“日本で今ブームになっている”なんて取り上げられ方をされるのか・・・まあ不可能とまでは言いたくないですが絶望的でしょうね。
さて、そこで「では、どうすればいいのか?」という事です。かつて対戦格闘ゲームは、いわゆる“同人ゲーマー”と呼ばれるユーザー層を獲得して賑やかだった時代がありました。その中には多くの女性ゲーマー、あるいはコスチューム・プレイヤーの方がいらっしゃり、文字通り格ゲーの世界を華やかにして下さっていました。ところが実際問題として、彼女達の多くはゲーセンに設置されている格ゲーに多くのコインを投じてくれた訳ではありません。ゲームシステムが複雑で取っつきにくい。自分達がゲームをしていると物珍しげに人が集まって来て馴れ馴れしく話しかけられる。対戦に勝てば「女のくせに・・・」と言われ、負ければ「これだから女は・・・」と言われる。そういう様々な嫌な思いをして彼女達は結局ゲームに定着しなかった、あるいはできなかったのです。これはTVゲームにしてもTCGにしても言える話だと思うのですが、そういうゲームを女性が普通に楽しめる環境ができあがっていけば、実は自然とそういうゲームは男性にも遊ばれてブームになれるんですよ。私の知る限り、女性が男性に比べてゲームの理解度や習熟度が劣るという事はありません。格ゲーで私と互角以上に戦った女性ゲーマーを私は複数知っていますし、それはTCGにしても同じです。ただ女性の趣向や好みはまあ間違いなく男性とは異なります。ゲームがそういう彼女達の好みに合う物にならない限り、彼女達は決してゲームには手を出してくれないはずです。それはどちらが優っているとか劣っているとかいう話ではなく、単なる個性の問題です。いや・・・むしろ女性の方がゲームを見る目は確かな気すらしますよ。
私が伺っている&理解している範囲では、女性ゲーマーはゲームの結果よりもプロセスに意義や喜びを感じる気がします。女性は単にゲームに勝てるだけでは満足しません。そのプロセスが心底楽しくなければ彼女達はゲームには手を出さないと思います。ただ思うんですけど、単にゲームに勝った/負けたという結果のみを求めるのではなく、そのプロセスまでもが十二分に楽しめるゲーム。始めて出会った時の第一印象で「ああ、このゲームは遊ぶためのプロセスから私を十二分に楽しませてくれるに違いない。」という期待感を持たせてくれるゲーム。そういうゲームは普通に男性が遊んでもまあ間違いなく面白いんし売れるんですよ。少なくとも私個人は、自分が好きで手を出した第4版の頃の Magic なら、今でも知り合いの女性に堂々と「これが僕が遊んでいる趣味です。」と言って紹介できると思います。でも、最近の Magic ではどう考えてもそれができない。だから初心者が入ってこなくなり古株もやめていって今みたいな惨状になっている。そうは考えられないでしょうか。どうも自社のゲームに最近活気がない。そう思うのであれば一度発想をガラリと変えて、例えば開発スタッフの相当部分を女性スタッフに任せてみてはどうでしょう。それこそ従来の男性スタッフが思いもよらなかった物を生み出すかも知れません。
「俺が遊んでいるこのゲームはこんなに売れているのに、なんで世の中での知名度がこんなに低いんだ?」と思われている方は少なくないと思います。でもそれにはちゃんと理由があるのです。今回は女性への普及を大きく取り上げましたが、その他当然低年齢層や未経験者にゲームを遊んでもらうための工夫や施策も、あるゲームを流行らせて普及させるためには必要不可欠なはずです。でも最近多くのゲームタイトルが、そういう工夫や施策をサボって商売を続けています。今はそういうやり方で商売ができているかも知れませんが、しかし少子化が進んでいるこのご時世に、ゲームシステムの複雑化や競技指向によるプレイヤーの底上げで、わざわざ自社ゲームを遊んでくれるユーザーを減らすことはないんですよ。間口が広くて奥が深い。これがやはりゲームという商品の理想像なのです。ところが最近のゲームの多くが間口も狭けりゃ中も狭い。これでゲームはブームになって広く遊ばれるなんて事は到底あり得ないでしょう。
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少し前に日誌に書いた話なのですが、将来に不安がある遊びに人は投資しません。これはユーザーが買わないという意味もありますし、販売店が売ったり販促に力を入れたりしてくれないという意味もあります。仮に「顧客の減少から全国のゴルフ場がどんどん潰れている!」といったニュースが話題を集めているとして、そんな状況下でゴルフ用品を売ったり買ったりしようなんて人はなかなか現れないでしょう。そういう形でケチの付いた遊びは多分売れませんし、ましてやブームになって大成するなんて可能性はあり得なくなります。 スポーツや娯楽の世界で行われている多くの競技イベントは、その世界の勢いみたいな物を示す意味合いから開催されていると私は考えています。この趣味はこれだけ話題になっている。これだけの人達が参加している。そしてこれだけのお金を動かせる。そういう話題性を見せてユーザーの関心を引き、同時に将来に対する期待感をも感じさせてその趣味の世界に時間やお金を投じてもらおうという動きのはずです。ところがどうもTVゲームやTCGといった一部のゲームでは“まず勝ち負けありき”な状況になっていて、その後ろ盾として競技イベントが利用されてしまっているのです。競技イベントがあるからこの趣味は遊ばれる。もはやこのゲームに競技イベントがない状況なんて考えられない。確かに一部の競技指向な方々にとってそれは真理なのでしょう。しかし逆に“競技的なイベントが無かったらその遊びは誰にも遊ばれない”としたら、やはりそれはそのゲームのクオリティが低い事をユーザー自身が認める結果になっているのです。 そして何よりもその競技指向の高いイベントが、その遊びの将来を悲観させるような現実を我々に見せている。これが紛れもなく現実なのです。競技イベント以外に満足な販促がない。競技イベントの弊害で一般のユーザーがゲームを遊びづらくなる。そして競技指向の高いユーザーがそうでないユーザーを(結果的に)ゲームの世界から追い立ててしまう。実際格ゲーにしてもTCGにしてもそういう現象は起きています。そうなると我々はむしろ「このままこの手の競技的なイベントが続く限り、多分この遊びに将来は無いなあ。」と感じるだろうと思います。実際にだから格ゲーからもTCGからも人が次々と去っているのですが、しかしそういう衰退局面になってなお、多くのゲームメーカーが競技イベント以外の満足な販促をしようとしません。競技イベントがむしろゲームを衰退させる1つの元凶になっているのに、ゲームメーカーが相変わらず競技イベント以外の販促をしない。これではそのゲームが廃れるのは当然の流れです。 私は以前から「遊びの頂点は高ければ高いほどいい。ただしある遊びが競技指向という形でより高い頂点を設けるならば、それを支えるためにゲームの間合いはできるだけ広げるべきだ。」と言ってきています。そんなのスポーツや娯楽の成功事例を見れば当たり前の話でしょう?。ところがこれを特定の遊びに適用して欲しいと提案を書くと、途端に「俺達が崇拝している競技指向を否定するな!」とばかりに反感が来る。これは一体どういう事なのでしょうか。そういう競技イベントだってユーザーが投じたお金で維持されている訳で、ゲームがより多くのユーザーを獲得する事はあなた方の懐に入る賞金の額を増やす事にもなるんですよ。さすがにこれには「自身の目先の利益しか見ていない人が、偉そうにゲームの将来を語るなよ!」とか言いたくなります。ただ実際にはそういう目先の利益しか見ていない人間が、今のゲームを売るためのシステムを作っている然るべき立場に立ってしまっているというのが現実のようなのですが(溜息)。 |