| ノアの箱船 | ||
福井の方でまた新しい Magic のフォーマットを立ち上げる事になりました。今回のフォーマットは“ The Dark 以前の基本セット/エキスパンションのカードのみ使用可”という物です。(ただし第4版とクロニクルは基本的にすべて The Dark 以前のカードの復刻のはずなので、このフォーマットでは問題なく使えると思います。)実を言うと私個人はこのフォーマットの話を聞いた時、正直言ってそれ程乗り気ではなかったし、最初は他人事としか思えませんでした。私自身は日本語版第4版で Magic を始めた人間であり、それこそ The Dark 以前の基本セットやエキスパンションなど自分で開封した事がほとんど無いからです。ですからカードに関する知識にしても勉強のやり直しを迫られますし、ましてやカード資産という点でもかなり厳しいです。それこそ第4版をベースにしたステロイド位は組めましたけど、それ以外の凝ったデッキを作るとなると相当な投資が必要になるだろうと思います。ただそれは別に私だけの話ではなくて、どうもこのフォーマットを提唱したK−M氏自身やフォーマットの賛同者にしても理屈は同じようです。じゃあ、なぜこういうフォーマットを立ち上げる事になったのか。言い換えるとなぜそういう必要性に迫られたのか。この際なのでぶっちゃけた話を書いてしまいますが、要するに「昔我々が好きだった Magic と最近の Magic は相容れない別のゲームになってしまっている。」という事です。私自身も自分が提唱した単一ブロック構築や Type-I において、今まで特にインベイジョン以降のカードをほとんど使わずにやってきました。しかし最近そういうやり方には限界を感じています。はっきり言うと最近の Magic のカードはオーバーパワー過ぎて、それこそ昔のカードを根こそぎ価値の乏しい物に変えてしまっているのです。WoCやHJが掲げる論理から言うと「じゃあお前も最新のカードを買って使えばいい。」となるだろうと思います。でも実際問題としてそうやって多くのデュエリストが Magic を買い続けて、それで果たして Magic は良くなったのでしょうか。競技偏重の弊害やカードバランスの不備が改善されたでしょうか。販売店の善意に頼りっきりのサポート体制が良くなったでしょうか。そうなってないですよね。だから私は最近の Magic なんか買いたくなくなったのです。こんな将来性の見えないゲームになんか、もう1円たりとも投資はしたくないからです。だから私はレギオン以降のカード購入を完全にやめ、それを公に宣言した訳です。ただ私だって過去にかなり多額のお金を Magic に投資しています。ここで Magic から完全に手を引いてしまったら、それこそそういう過去の投資がすべてムダになってしまいます。しかも Magic というゲームは昔は間違いなく面白かった訳で、そういう秀逸なゲームを遊ばない手はないだろうと思うのです。じゃあ、どうすればいいのか。私自身それを悩んでいた時に、知り合いの中から今回のフォーマットが提案されたのです。ですから私がその話に飛び付かない理由は無かった訳です。
最近の Magic は、まあ間違いなく全盛期に比べてあらゆる意味でクオリティの低下が目に余る状態になっていると思います。しかもそれが改善される見込みもない。つまりそれこそ Magic はかつての対戦格闘ゲームの後を追って日本から姿を消す(あるいはごく一部のプレイヤーにのみ遊ばれるが市場としては維持できないレベルに至る)事が目に見えています。そういういわば滅びの時が Magic に迫っているのが分かっているとすれば、一部のプレイヤーがそれこそローカルルールという名のノアの箱船を建造して、自分達だけでも生き延びようと考えるのは極めて自然な発想だろうと思います。しかも私や福井のデュエリストはなにも内緒で箱船を造って他人を一切乗せないと言っている訳ではなく、自分の意見も持っている情報も箱船の設計図もすべて公開して「あなたもこれに乗るか自分で箱船を建造すべきだ!」と警告を発している訳です。売れなくなったゲームを相変わらずユーザーや販売店の善意に甘えきって売り続ける某社に比べれば、やってる事ははるかにフェアだと思います(笑)。自分の足下をよく見渡してみれば、少なくとも Magic という世界には大洪水による崩壊の兆候が随所に見られ、下手すると既にあなた自身の膝まで水が来ている事に気が付くはずです。それでも頑張って俺はこの洪水をくい止めてみせる。そういう方はそれこそ必死に頑張ってそうすればいいのです。しかし今の Magic にそれだけの情熱をそそぎ込む価値があるのか。そう考えた時に既に多くのデュエリストが「No」という判断をしている。要はそういう事です。
今や Magic は世界的にフレッシュパックの値下げを迫られるほど売れなくなっている。残念ですがこれが現実なのです。福井のデュエリストが今色々ともがきながらやってる事を観察してみると、なぜ Magic からは人がいなくなって、そしていなくなった人達が何を考え今どこにいるのか、その辺が多少なりとも見えてくる気がしませんか。多分今福井で Magic について起こっている事は、それこそ日本中あるいは世界中で起こっている、あるいはこれから起こるだろうと思います。そういう人達にいちいち皆さんは「お前は Magic を誤解している。今でも Magic は昔と変わらない秀逸なゲームだ。(だから競技プレイヤー並にカードを買って Magic を突き詰めてみろ。)」とか説得して回りますか。実際問題としてそんなの不可能だし無意味ですよね。もし本当に Magic が昔と変わらない輝きを持ったゲームなら、そもそもこんな極度の販売不振は起こらなかったはずです。でも実際はそうじゃない。だから我々は昔の Magic に戻ろうとしているだけです。この期に及んで Magic のクオリティ低下を嘆いても仕方ないし、昔の本当に面白かった Magic が戻ってくる見込みもない。だったら自分達がその時代に戻ればいい。たったこれだけの事なのです。
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本編と直接関係のある話になるかどうか分かりませんが・・・。 今までHJが行ってきた Magic 販売のやり方を見ていると、HJが日本の競技 Magic に抱いたイメージというか期待はこんな感じなんじゃないか、という気がします。 競技に没頭したプレイヤーはとにかく盲目的にカードを買い続けるに違いない。だからカードの売上は安定するだろうし、適当な競技イベントをやっておけばそれで販促も間に合ってしまうだろう。競技イベントは有料にできるから自社の負担も少なくて済みそうだ。日本人は元々人と争う事が好きだから、ちょっと闘争本能を煽っておけばそれに同調する輩は大勢現れるに違いない。場合によっては勝手に競技が盛り上がって勝手に Magic がブームになるかも知れない。そうなれは自分達は何もせずに Magic がたくさん売れてウハウハ状態だ。・・・まあ表現は悪いかも知れませんがそんなところではないでしょうか。ところがこの発想には根本的な視点が欠落していた気がします。ある個人のデュエリストが競技プレイヤーとなって Magic のコアユーザーになる。それはある日突然何の苦労も無しに起こる現象ではないのです。それこそそのデュエリストの周辺に競技 Magic を追求できる環境があって、そして同時に取り組む仲間もいる。そういう環境というかインフラがあって始めてなし得るのです。じゃあ、そういう環境は一体誰が提供するのか。それは間違いなく個人や販売店なのです。ところがHJはそういう個人や販売店を全く育てなかった。というか、むしろ競技偏重による Magic の沈滞化や高額なフレッシュパックで彼らを締め付け続けたのです。だから Magic を楽しんで買おう/売ろうという個人や販売店が次々と Magic を離反し、気が付いてみたら競技をする環境そのものが消えていた。言ってしまうとそんな感じです。それはあの渋谷の某センターの閉鎖なんかにも如実に現れていると思います。あのセンターに毎日安定して Magic を楽しみたいというデュエリストが大勢通う状況になっていれば、それこそ別のより大きな場所に引っ越して拡大発展する事も可能だったはずです。しかし実際には閉鎖したままで再開の発表がない。それは要するに“平素の利用者が激減して維持できなくなった”事の何よりの証拠なのです。 そして最近の Magic がそれこそ Standard か Limited でしか遊べない。だからそれが気に入らない多くのデュエリストは遊ばなくなったのです。でも昔の Magic にはそれこそ様々な発想の人達がいて、例えば自分のコレクションを増やす事を主目的に公認トーナメントを開く人までいたのです。例えば私のように(笑)。ところがそういう様子を販売サイドや一部の競技 Magic 関係者が見て「 Magic には競技以外の要素は要らないんじゃないか?」と思い始め、しかもそれを実際の行動に移して競技プレイヤー以外を Magic から追い出し始めた。あまつさえそれをメーカーまでもが追認して支援まで始めた。これじゃあ Magic が支えを失って廃れるのは当たり前でしょう。競技プレイヤーという枝葉や花に一生懸命肥料を与え、それで幹や根っこを枯らしてしまった。それが残念ながら今の Magic の現実なのです。 しかしどうもデュエリストというのは根っからのバカが多いようで (^^; そこまでされてなお Magic に留まろうという輩が少なくないのです。これだけWoCやHJからひどい仕打ちをされて、なおかつ Magic を売り続けるお店がある。最近のカードがダメだと分かると昔のカードを掘り起こしてまで何とか遊び続けようとするデュエリストがいる。でもはっきり言いますが、それは少なくとも“最近の Magic ”がゲームとして優秀だからそうなっている訳ではありません。そういう人達は単に“昔の Magic ”の面白さや楽しさが忘れられなくて、そういう Magic がいつか戻ってきてくれる事を信じてそうしているのです。しかしそういう我慢にはいつか限界が来ます。そして実際に多くのデュエリスト達にとって、今や Magic というゲームの魅力の無さは我慢の限界を超えるに至っているのです。 グローバルルールが今や Magic の拡販には何らの貢献もなさず、むしろ衰退を早める大きな元凶にすらなっている。でも一部のデュエリスト達はそれでもローカルルールやイベントを工夫して Magic を続けようとしている。はっきり言いますが Magic を復刻させたいと思ったら、そういう動きがまだそれなりに残っている今が最後のチャンスだと思います。今後これ以上 Magic が更に衰退するようですと、いよいよ販売店が Magic を扱わなくなるでしょう。そうなると日本の Magic はインフラを失って崩壊します。それこそ我々のような偏屈者か欧米への遠征を苦にしない競技プレイヤー位しか Magic を遊ばない、というか遊べなくなるのです。今の Magic に必要なのは競技の推進でもなければグローバルルールの押し付けでもありません。ローカルルールだろうが絶版カード志向だろうが、とにかく Magic というゲームを遊んでくれるファンを増やす事なのです。ただしこんな当たり前の事を私がとやかく言わないといけない位、今の Magic にはそれができていないのですが。 |