ゲームに“○○大革命”は要らない 
 
 最近ヒットしたゲームを見ていると、例えばベイブレードはベーゴマの復刻ですし、あと囲碁なんて昔からあるゲームがそのまま多くの小中学生に楽しまれるようになっています。TVゲームでも昔ヒットしたゲームが新しいゲーム機で発売される機会が増えましたし、最近では昔のアーケードゲームやパソコンゲームが携帯電話で遊べるようになっています。「昔このゲームは多くの子供達や大人達を熱狂させた。それなら今リメイクして出してもヒットするんじゃないか。」そういう発想がおもちゃ業界の中にもかなり浸透してきている気がします。最近のゲーム・クリエイターってどうも昔に比べて発想が貧弱で (^^; 真新しいヒットゲームを生み出せない。あとこの不景気で新しいゲームの開発に人手や予算が割けない。そういう事情もある気がします。また故・手塚治虫氏が戦後間もなく思い描いた未来像に我々は未だに追いついていないし、それどころか未だに発想が手塚氏を越えられない。そんな事も言われています。ちなみに今年2003年はアトムが誕生する年なんだそうですが。まあ今急いでアトムを作ろうと思ったら、さしずめASHIMOに小型原子炉を積むのが一番手っ取り早いかと思われますが(嫌爆)。

 そもそも昔のゲームを長く遊ぶのは別に悪い事ではないはずです。日本には昔から“もったいない”という言葉に代表される思想があります。(和英辞典ではこの“もったいない”は“wasteful《ムダだ》”と訳されるようなのですが、でも“もったいない”と“ムダだ”というのは微妙にニュアンスが異なる気がします。)先人が時間と知恵と労力をつぎ込んで生み出した名作ゲームなら、別に10年あるいは20年と遊び続けたって構わないはずです。またそれだけの遊び方に耐えてこそゲームは名作となり得るとも思います。飽きたら一度休んで、また思い出した頃に遊べばいいんです。そういうゲームを「流行りじゃないから。」「ブームは終わったから。」「新作が出たから。」で遊ばないのは、やはりあまりにももったいなさ過ぎます。しかもそれで次々と新作を食い散らかし、その挙げ句に「なんかゲームってつまんねえ!」はないだろうと思うんです。そんなに名作なんてポンポンと生み出せる物じゃありません。そして新しい物が良い物だとは限らないのです。それは昨今のTVゲーム業界の実状を見れば明らかでしょう?。しかしそれでもゲームの作り手は新作を売りたがり、そのために「新作はこんなに凄い!」という謳い文句を並べ立てます。それは新作を売って商売をして利益を上げ、それで飯を食ってる企業やお店としては当然の事です。ただ我々ユーザーまでがそういう謳い文句を鵜呑みにして新作を買いあさる事はないでしょう。

 最近のゲーム業界を見ていて、私個人がちょっと気になっている事があります。それは一部のゲームメーカーが新作を売りたいがために、それこそかつての社会主義国の元首がやっていたような“過去の否定”をしているという事です。我々は以前には確かにこういうゲームを作って売っていた。しかしあの思想や発想は実は間違っていて、今回発売したこちらの新作の方が絶対に秀作だ。(だから前作と同じかそれ以上に買え。)要約するとそんな感じでしょうか。ただこの際なのではっきり言いますが、そういう発想ややり方で成功した社会主義国は過去に1例としてありません(笑)。そういう発想は要するに“過去の資産の総リセット”を意味するからです。買った商品やそれを遊んで得た知識・ノウハウはもちろん、それどころかゲームへの思い入れとか愛着みたいな物まで、すべてをリセットさせようという発想なのです。でもそこまで過去をリセットしてでも新作を売りたいのであれば、なんでメーカーはその新作を続編としてではなく“完全なる新作”として売ろうとしないんでしょうか。つまりヒットした旧作のネームバリューとか、そこで得たファンは何とか利用したい。そういう事なんでしょう。我々ユーザーには情け容赦なくリセット命令を出しておいて、肝心のゲームメーカー自身が何にもリセットできてないんです。だから我々ユーザーは相変わらず新作に旧作の面影を追い求めるし、そしてその結果「こんなの全然違う!」と文句の1つも言いたくなるんです。

 あと我々ユーザーはゲームを遊ぶ際に、ある程度の保険というか安心感が欲しいんです。新作が出たから買ってはみるけど、面白くなかったら旧作に戻ろう。そういう保険があればユーザーは新作に手が出しやすいのです。しかし一部のゲームメーカーは新作を買わせるために、旧作をある一定期間で完全に賞味期限切れの商品にしようとします。そうなるとユーザーには先に進むかゲームをやめるかの2択しかなくなります。しかも新作を買うにしても、それが近い将来確実に賞味期限切れになることが分かっている。そんなゲームは怖くて買えないのが普通だと思います。本来ゲームって立ち止まって一息ついたり後ろに戻って懐かしんだりしながら楽しむ物です。それができないゲームに真の成功はあり得ないでしょう。ましてや受験で1年休んだら完全浦島太郎状態。それどころか半年ブランクがあるだけで世の主流から取り残される。そんなゲームに人は着いて来られないと思います。実際そういう発想で売られているゲームは本当の意味でのヒット作になっていません。ちょっと何かの手違いで話題になって売れてもそれは一過性の話で、間もなくユーザーはそんなゲームからは離れていくのです。

 最近見ていて思うのですが、果たして今発売されているゲーム達が、この先10年あるいは20年経った時にリメイクしてもらえるだけのクオリティを持っているのでしょうか。確かに今ゲーム業界はその程度のクオリティのゲームで商売ができているのかも知れません。でもそんなやり方は絶対に長続きしないし、また我々ユーザーはさせてはいけないのです。最近のゲーム・クリエイター達が満足な新作を作れないのであれば、もう新作の製作をギブアップして旧作を膨らませる発想で商売をしたっていい。私個人はそう思うのですが。別にゲームを遊ぶのにお金を使いたくない訳じゃないし、使わない事を勧めようという訳でもありません。ただ使わせるなら我々が納得できる形で上手に使わせて欲しいし、あまり使えない人達もゲームが楽しめる道筋も用意して欲しいのです。(そういう点でドイツのボードゲームなんかはかなりユーザーへの配慮がなされていて良い感じだと思います。)本来ゲームという物は“ボロボロになるまで遊ばれる”事が名作であるという真の評価になるのです。でも実際には未開封でまだパッケージに入っている時点で既に中身がボロボロ。そんなゲームが少なくないのが実状なのですが(笑・・・えない)。

あいせんの“本音の部分”

 人はなぜ新作に手を出すのか。それは新作が話題になりやすいからだと思われます。話題になっていれば情報も入りやすいし、他の人とそのゲームの話題で盛り上がれる。だから遊んでいてなんか得した気分になれる。そういう感じなのでしょうか。でも本当に世の中で成功したゲームというのは、その多くが新作発売以外でちゃんと話題を作れています。囲碁や将棋はその代表格でしょうか。あと遊戯王OCGやベイブレイドといったヒットゲームも、別に新作が出続けているからヒットした訳じゃありません。新作以外にちゃんと話題性があって、そこに新作が出てくるから売れる。それだけの事なのです。しかし実際には新作の発売でしか話題が作れないゲームの方が多分遙かに多数派です。あと「新作が一般世間で広く話題にしてもらえてるだけまだいいじゃん。」という話すらあるんですが(笑)。

 やはり“新作を作り続けないと商売が維持できない”というのは、そのゲームが持つシステムのどこかに致命的な欠陥がある気がします。本来おもちゃ屋なんて商売は色々なジャンルの商品を扱っており、それこそ月毎に出る新作の話題を利用して旧作も売っていくという商売をしてきたのです。ですから新作や話題作が出てくれるのは有り難いけど、別にそれだけに頼って商売をしている訳じゃないんです。ところがどうも一部のおもちゃ業界が“新作”でその生命線をつないでいる。言い換えると旧作がコンスタントに売れる商売の仕方をしていない。(あるいは新作が旧作になった途端にパッタリと売れなくなる。)私に言わせるとそこが問題なのです。ただ遊戯王OCGにしても、全盛の頃はそういう商売がちゃんとできていたそうです。マンガの話題性でニューカマーが安定して確保されるので、そのニューカマー達が先達に追いつくために旧作もガシガシ買っていたからです。だからやればできるのにできていない。それは私に言わせるとやる気と運の問題だと思います。でも世の中でよく言われる事ですが、やっぱり運も実力のうちなんですよね。

 旧作を売る工夫なんて、考えてみればいくらだってあります。ゲーム全体の話題性を高めてニューカマーの安定確保を図る。コレクターを大勢育てて永続的な商品購入を促す。それこそボロボロになるまで遊んじゃうような面白いゲームにしてリピートを期待する。やり方なんていくらでもあるのです。しかしそういうメーカーとして可能な努力や苦労を一切せずに、ただ新作の話題性や新作を買った事へのご褒美だけでゲームを売ろうとする。それでゲームが売れるほど昨今のユーザーは甘くはないでしょう。ましてや世の中はこれだけの不景気です。ユーザーはできるだけ面白いゲームをできるだけ少ない負担で楽しみたいのです。そういう世の流れに逆らって商売をしたってうまく行くはずがありません。ゲームが売れるのにはちゃんと理由があるように、売れないのにもちゃんと理由があるのです。でも世の中のメーカーってうまく行っている時は黙っているのに、うまく行かなくなり始めると途端に過去の成功を強調し始めるんですよね。それこそ有名雑誌や駅構内に派手に宣伝出したりとか(爆)。

 新作発売というのは、私に言わせると一種の“賭け”なんです。その新作の出来次第では旧作からのファンを根こそぎ失うかも知れない。そういうリスクを常に抱えている事をメーカーはもうちょっと自覚するべきだと思います。というか、新作の発売でしか話題を作れないゲームというのは、要するにそれだけ世間での話題性や評価が低いという事なんですよ。そんなゲームを名作だと思い込んで盲目的に取り組むユーザーが減らない限り、メーカーにそういう体質を改めようという気運は起こらない気がします。別にユーザーが自分のお金や時間をどう使おうがその人の自由です。でもどうせ使うならより有意義に使うべきだし、そのためには遊ぶゲームを厳しく選ぶべきだと思います。同じ楽しみならより少ない予算で得られた方がいい。同じ予算を使うならより多くの楽しみを得られた方がいい。そんなの普通に考えれば当たり前ですよね?

   

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