| “萌え”の可能性と限界(笑) | ||
今回エイプリルフールにネタができなかったので、代わりと言っては何ですがこんなエッセイを書いてみます。最近アクエリアンエイジが(以前よりも)全体的にやや停滞気味であるという印象を受けます。(ただしこれはあくまで私個人が持っている印象で、実際はそうじゃないのかも知れませんが。)私自身は今も Magic と同じ位のペースで(細々とですが (^^; )カードは買っています。でもそのカードを吟味したりデッキを作ったりという事はほとんどやっていません。それで「なんでそうなったのだろう?」という理由を自分なりに考えてみたところ、その結論として“萌えという物の可能性あるいはその限界”といった事に気が付いたりしました。
世の中には“萌え”でビッグ・ビジネスを築き上げた事例は数多くあります。ポケモンしかりデ・ジ・キャラットしかり、その他挙げ始めたらきりがありません。どうも Magic の世界では「 Magic は“萌え”で持っている訳ではないし、むしろそんな物は不要だ。」という意見が世の主流になっている印象を受けます。私もその意見にはある意味で賛同できる部分もあるのですが、しかしだからと言って日本で大きな市場を開拓できる可能性を持った“萌え”を排除する必要もないだろう。そういう持論を私は持っています。
例えばその Magic にしても、第4版までは“セラの天使”という象徴的な萌えキャラが存在しました(爆)。このカードの信者はそれこそ数知れずで、前から何度か書いていますが「デッキでは黒や赤しか使わないという人でさえ、買ったパックで引き当てるとニンマリする。」というカードだったのです。実際セラの天使というカードは、間違いなく Magic というTCGの売り上げには相当貢献していると思われます。このカードをきっかけに Magic を始めた人もいますし、またトレードの際の通貨としても彼女は Magic 界に多大な貢献をしてくれました。(それもアンコモンのくせに。 (^^; )それは昔の Magic を知る方なら誰もが認めるところだと思うのです。
そういう視点で昨今の Magic を見ると、現状の Magic からは“萌え”の要素はほぼ排除されています。そして確かにそういう状況で“それなりには売れている”のです。でもひょっとして Magic がもう少し“萌え”という要素に注力していたら、ひょっとするとこの“それなりに”という状況が(特に日本では)多少は改善されていたかも知れないのです。これが前から書いている“ Magic からコレクションの要素が消えてしまった事の影響”です。 Magic というTCGの性質上、間違いなく1つの基本セットやエキスパンションの中には少なからぬ“カスレア”が出ます。そういうカードをカード能力以外の要素で市場価値の高い物に変えてしまう。そういう破壊力がカードイラストにはあるはずなのです。でも Magic はその事をほぼ完全に忘れてしまった。だからこうなったと私は考えています。
ただタイトルにも書いた通り、実は“萌え”には間違いなく限界が存在します。これに関しては私自身が良い例になるでしょう(笑)。
私は Homelands というエキスパンションで Aysen Crusader(HL) というカードに出会い、これが私のメインの趣味を Magic にする決定打になりました。しかしご存知の通り Aysen Crusader は Homelands でのみ登場したクリーチャーでして、その後基本セット等に再録される事はついにありませんでした。(そして今後もないでしょう。現在の Magic から“バンド”という能力が削除されている以上、彼女の付き人《!?》であるところの“種族:勇士”が復刻する可能性が無いからです。)そして私はそれ以降、彼女を越えるだけの破壊力を持ったカードにはついにお目にかかれませんでした。(そしてこの調子では今後もお目にはかかれないでしょう。)つまり私の Magic は Homelands がすべてのフォーマットで使えた頃が全盛期であり、その後は言ってしまうと惰性で続けていたに過ぎないのです。
この話は更にアクエリの様子を見るとかなり歴然とします。元々“萌え”の要素を求めてアクエリに集った方々は、その大部分が既に初期の幾つかのカードセットの中に“自分のNo.1のお気に入り”を見つけてしまっているはずです。そしてその後発売される新製品の中にそれを越える物を見つけられない場合、その人に取ってその新製品は“有って無きが如し”の物になるのです。こういう状況が1年も続けば、まあ間違いなく「もうこのTCGは俺の欲求を満たしてはくれない。もう潮時かも。」になるのです。かつての Magic みたいに同じカードが同じイラストで再録されるといった事があればまだしも、そうでない場合そのユーザーの“○○離れ”は周囲の人達の想像を遥かに超えるスピードで訪れるのです。
これに対して“萌え”をビジネスに結び付けた成功例達は、要するに「同じキャラクタで何年にも渡って手を変え品を変え勝負してきた。」という事です。これはポケモンもそうですしデ・ジ・キャラットだってそうです。あと私の守備範囲ですとセーラームーンとか(自爆 (^^; )。例えばせらむんのアニメシリーズで「今回の新シリーズはキャラクタ総とっかえです!。あ、うさぎは前作で死にました。」とかやってたら、まあ間違いなく失敗してたでしょう(笑)。だってさあ、実際に失敗したからねえ、ときめきメモ・・・(各方面からの刺客が怖いので以下省略 (^^;;; )。
しかもそういったキャラクタ人気を売りにしたゲームって、最初のキャラクタメイクにかなりの時間と手間を投入しているはずなのです。そういうキャラクタを短期間で使い捨てるのはどう考えてももったいないし、何よりもそんなに簡単に代わりの物なんか用意できる訳がないのです。ましてやTCGなんて遊びは、言うなれば数ヶ月に1度大量の新キャラが投入される格ゲーなのです。それでキャラクタが立ってる訳がないですって。言い換えると「現状の仕組みを取っているTCGに“萌え”を期待しても駄目だ。」という事になるでしょうか。(しかも格ゲーと同じように「それでゲームとしてのバランスが成立しているのか?」という問題も出てきそうですが。)
前から私は「 Magic にも絶対に“マスコットキャラ”が必要だ。」と言ってきました。現実の Magic の世界はカードがもの凄いスピードで入れ替わり、特に今は1つのカードを長く可愛がって遊ぶという事ができていません。昔みたいに基本セットにセラ天みたいなキャラクタが再録され続ければともかく、今はそれすら無いのです。(あ、少なくとも私の周囲では「第7版のセラ天はセラ天にあらず。」という意見で一致しているので。 (^^; あとここで皆さんに予告しておきますが、例えばセラ天が第8版に再録された場合、WoCが現状の方針を変更しない限りそのカードイラストは間違いなく新しい物に入れ替わるはずです。あの“盆踊りセラ(笑)”がどれだけ市場で支持を得ていたとしてもです。)そんな状況下では自分が Magic を遊び続けているという証明、あるいは蓄積みたいな物は作りにくいはずです。これはイコール“ Magic という遊びに愛着が持ち辛い”という事です。そういう状況を改善するには、ゲーム以外の雑誌やサプライ品等に登場して末永く可愛がれるマスコットが必要だったのです。あ、実際にはそうなりそうな“候補”はいたんですがねえ・・・これはまあ・・・何と言うか・・・とにかく私の口からは怖くてコメントできません(嫌爆)。
“萌え”というジャンルで勝負しようと思うと、1つのキャラクタなりイラストにもの凄いパワーを投入しなければいけなくなります。それはそのイラスト1つで下手すると5年とか10年食いつなごうという事だからです。 (^^; (前にやまけん氏に聞いた話なのですが、あのエヴァというアニメは「製作サイドが10年飯を食える」事を目指して作られた物なのだそうです。まあ実際には10年は持たなかった訳ですが (^^; でもそれなりの結果は残していると思います。)でも Magic は新しいカードを売って商売をする道を選んだし、カードイラストに関しては単なる紙芝居の1場面という認識しかしていない。だから中途半端に“萌え”で勝負する事を放棄した。そういう事なのではないでしょうか。そしてTCGというジャンルのゲームとして見ると、それは案外1つの正解なのかも知れません。確かに“萌え”は同じキャラクタ(同じ商品)を継続的に買わせる事は得意なのですが、しかし次々と新製品を出すという商売のやり方はそれ程得意としていません。ましてやTCGメーカーや販売サイドが“同じカードを末永く遊び続けられては困る”と本気で思っているとすれば、まあ間違いなく萌えは自社ゲームから絶対に省きたい要素の1つになるのでしょう。
ただ Magic 等のTCGもそろそろ“日本国内で文化として定着する”という、言うなれば着地点を決めてそこに向かう段階に来ています。そうなると間違いなく“萌え”といった1つの遊びを継続的に親しんでもらうための工夫が必要になってきます。結論を言ってしまうと「TCGもガンダムとかスパロボみたいな売れ方をする状況を作るべきだ。」という感じかな。1つのキャラクタだけでゲームが成功するなんて事はあり得ないでしょう。でもキャラクタ1つあるいはイラスト1つに華を感じられる作り込みをしなければ、ゲーム全体としての完成度は決して上がらない(=そのゲームが本当に成功する事はあり得ない)と私は思うのですが。
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人には向き/不向きがあり、それぞれの人生や事情を抱えて生きています。私は今はっきり言ってTCGといった趣味にそれ程お金をかけられる環境にないのですが、それでも自分なりにかなり楽しんでやっています。でもそれは“彼女”との出会いがあったからに他なりません。そして私の知り合いにはそういう、いわば“同じ匂いのする人達”が多いのも事実です(爆)。もしそのカードが Magic に無かったら、ひょっとすると私とその方は出会っていなかったかも知れません。 我々は幾つもの遊びと出会い、そして幾つもの別れを経て自分の趣味を取捨選択しているはずです。そしてその趣味の選択の際も、実は人との出会いと同じで“第一印象”が大事なのです。前にちょっと茶化してネタにした事がありますが、実は Magic プレイヤーの少なくない割合の方が、あのORACLEを Magic の魅力だとおっしゃるのです。「これだけルールがしっかりしたTCGは他にない。だから面白いんだ。」というのですが、本当にそうでしょうか?。これはあくまで素人考えですが、私個人は「どう考えてもあんな長ったらしいルールなんか読まずに遊べるゲームの方が何倍も面白い。」という気がしてしょうがないです。少なくとも私個人は、人に Magic を勧める際にはORACLEなんか絶対に見せませんよ。 (^^; だって間違いなく「こんな長いルール(しかも英語)を読まないと遊べないゲームなんかやりません。」って言われそうだもん(笑)。私だったらそれよりもまずは自分のコレクション・ファイルを見せますけどね。 あと私も色々なTCGプレイヤーとお話をしましたが、少なくとも私は「自分はこのTCGに高額賞金のかかったイベントがあるから始めた。」なんて話は聞いた事がありません。 (^^; また最初から競技志向でTCGに手を出したという方も、皆無とは言いませんが極めて少数派です。思い出して欲しいんです。自分がなぜこの遊びに手を出したのか。そしてなぜここまでハマってしまったのかを(笑)。そして自分だけでなく、自分の周囲の人達の話にも耳を傾けて欲しいのです。すると気が付くはずです。誰かにTCGの魅力を伝える。そしてその人にTCGを始めてもらう。そのために必要な物は、少なくとも詳細なルールでもなければ競技イベントでもなかったはずです。 “萌え”という要素は、間違いなくその遊びの第一印象に大きく影響します。しかも世の中には「これ可愛い!」だけの理由で何千円あるいは何万円というお金を落とす人は大勢いるのです(笑)。だったら利用しない手はないのではないでしょうか。ただ本文でも書きましたが、残念ながら“萌え”だけで人をその遊びに長く定着させる事は極めて難しいと言わざるを得ません。でもそこで改めて例えば Magic が持っている“奥の深さ”とか“ゲームとしての魅力”が生きてくるはずです。だから私は「両方の要素を充実させればいいじゃないか。」そう言ってるだけです。しかもそれはトレードの活性化とかカード購買意欲の向上にも結び付き、結果的には競技も盛り上がるはずなのです。ただしまあ、こんな事を改めて書かないといけないという状況は既に終わっているのですがねえ。 (^^; 少なくとも Magic は今後も今みたいな路線を継続するのでしょうから、ますますコレクターとかファンデッキしか組まないような人種には住み難い世界になりそうですし(溜息)。 |