| 賢いゲームの買い方/売り方 | ||
今回は↑という、ちょっと難しいテーマについて触れます。ただこの手の話はあまり範囲を広くしてもしょうがないので、今回は主にTVゲームに関して書いてみます。
私が最近自分で遊ぶゲームを選ぶ基準は極めて単純明快で“可愛いお姉ちゃんキャラがいるか?”以外の何物でもありません(笑)。ただ私がそういう基準を持つようになったのには、それなりに推移というか理由みたいな物があったりします。私はそれこそインベーダーゲームの登場を生で見ている世代ですし (^^; ゲーマーに成り立ての頃はギャラクシアンとかゼビウスといったシューティングゲームをメインに遊んでいました。ですから別に最初から(あるいは生まれつき (^^; )そういう嗜好だった訳ではありません。世の中には実に数多くのゲームが存在します。特にゲーム創世記の頃に比べると、現在発売されるゲームの数はそれこそ“乱発”と呼んでも差し支えないと思われる位存在します。その中で自分に合うゲーム/合わないゲームを取捨選択するには、本来は自分ですべて遊んでみるのがベストだろうと思うのです。ただ実際にはそれって不可能ですよね?。そこで私はパッと見の第一印象で「このゲームとは付き合っていけるかも。」「こりゃ・・・駄目そうだな。」と見分ける手段として“お姉ちゃんキャラの存在”を見るようになりました。自分が使えるキャラに好みの可愛いお姉ちゃんキャラがいるのであればキャラクタ選択時に余計なストレスを感じなくて済むし、少なくとも使用キャラに関してはゲームを我慢して遊ぶ必要がなくなるからです。
ただ私も「どんなお姉ちゃんキャラだろうがいればいい。」という訳ではありません。これは私とTCGでトレードをした事のある方は直接聞いた事があるかも知れませんが、私がそういう物を選ぶ基準は、一言“俺の心にグッとくる”物です。 (^^; 要するにどこをどう取っても自分の主観です。“その場の気分”と言っても良いかも知れません(笑)。確かに私はそういう自分のゲーム癖で過去にどこかで損をしているかも知れません。でも少なくとも過去に私はそれで「あ、やっぱりこのゲームは遊んでおけば良かった!」と実際に後悔したケースは1つとしてありません。
こういう事を書くと、すぐに「そんな曖昧な基準で切り捨てられたゲームは気の毒だ。」と食ってかかる人が現れるのですが、でも皆さんだって日頃遊ぶゲームや買う物を選ぶ基準は“俺的主観”なんじゃないですか?。それが万が一例えば「自分は某ゲーム誌のクロスレビューが30点以上のゲームは全部買ってるぜ!」なんて人がいたら、それは明らかに“人として変”だと思います。 (^^; 悪い事は言いませんから今すぐ止めた方がいいです。でも実際には自分では自覚していなくても、結果的にそういう買い物の仕方を“させられている”人って少なくないようなのですが。
ゲームでいきなりこういう話を書くのは難しいので、もうちょっと分かりやすい話から入ってみます。多分これを読んでいる方の大部分が、コンビニや弁当屋で弁当を買った事があるかと思います。では皆さんは自分が買う弁当をどういう基準で選んでいるでしょうか?。確かに“値段と中身のコスト・パフォーマンス”とか“栄養のバランス”等という難しい基準で選んでいる人も少なくはないかと思います。でも大抵の場合皆さんは「自分が今日たった今何を食べたいか?」で選んでいるのではないでしょうか。そしてそういう選び方で取りあえず弁当を買い、そして実際に食べてみて「これは旨かった。」「これは・・・今一つだったかな。」で終わり。多分そうだろうと思います。
ではその数ある弁当の中に自分が物凄く嫌いな食材をメインにした商品があったとして、その弁当をあえて選ぶなんて事はあるでしょうか?。まあ長い人生の中で1〜2度位はあるかも知れませんが、ほとんど無いのではないかと思います。実際にはその弁当の嫌いな食材以外のおかずは物凄く旨いのかも知れませんし、その嫌いな食材も味付けが上手ですんなり食べられるのかも知れません。でも大抵は自分から進んで買って食べようとはしないですよね。じゃあそれでいつの日か「その弁当を買わなかった事で自分は損をした。」と思う日が来るでしょうか?。多分それはほとんど無いでしょう。それが自分に取って旨い弁当であると分かったならば、それからでも遅くないから買って食べればいい。たったそれだけの事なのです。
要するに私がやっているゲームの選び方はまさにこれなのです。そして実はこれを読んでいる大部分の皆さんも多分やっている事なのです。弁当を販売する業者は、そういう“パッと見”で自社の弁当が選ばれるように、様々な工夫を凝らすのが普通です。そういう工夫をしていない見かけの悪い弁当が買って食べてみたら旨かった。そういう事例は確かに皆無ではないのでしょう。でも自社の弁当の見かけが悪いのであれば、例えば試食コーナーを設けて旨さを知ってもらう。そういう工夫は必要なのです。ただしどうも最近のゲーム業界って、やたらCGに凝ったり広告費に金を使ったりして“ゲームの見かけを良くする”事しか考えていない傾向がかなり見られるのですが。 :-P
私が遊ぶゲームを選ぶ際に、もう1つ重要視している事があります。私はRPGゲーマー(ただしTRPGではなくCRPGですが)でもあるのですが、RPGって“感情移入”という要素がゲームの面白さに大きく影響してきます。従ってプレイヤーにいかに登場キャラクタに対して感情移入をさせ、それを最後まで持続させるのか。それがゲームの面白さを決める重要な要素になったりします。
例えばWizardryというRPGは、特に初期に作られた物にはキャラクタのグラフィックはおろか性別の設定すらありません。プレイヤーは自分でキャラクタに好きな名前を付ける事ができ、その名前が決まった瞬間にそのキャラクタの性別や性格までもがプレイヤーによって勝手に設定されるのです。じゃあそれでプレイヤーはそのキャラクタに男性として、あるいは女性としての感情移入ができないかというと、そんな事はありません。むしろ余計な設定や情報が無い分感情移入はしやすいのです。
これに対して、以前プレイステーションで発売された“ブレイズ&ブレイド”というRPGがありました。このゲームは各職業のキャラクタに性別の設定があり、その設定によってグラフィックが変化したりしました。ところが私はこれを見て「この女戦士のグラフィックで男性ファイターが作れたらなあ。」と思ってしまったのです。(ぶっちゃけた話「男戦士のグラフィックが気に入らなかった。」という事なのですが。 (^^; )1度そう思ってしまうともう終わりで、でもゲームシステム的にはそのキャラは“女”なのです。この事がこのゲームに対する私の感情移入を最後まで邪魔し続けたのです。まあその割には随分と遊んだりしましたが。
あるゲームを選んで遊ぶ。そういう時にゲーム自体があれやこれやと至れり尽くせりなのは、かえって遊ぶ側に取ってはマイナスになる事が結構あります。物凄く好みのキャラクタがいるゲームがあったので買って遊んでみたら、開始早々下手くそな声優のセリフが入って興ざめした。そんな事例はそれこそ世の中には山のようにあるはずです。(ちなみに私の中では「ゲームのパッケージに書かれている声優の名前の大きさとゲームの面白さは反比例する。」という経験則ができていたりするのですが。 (^^;;; 例えば一部では“声優の声を聞くゲーム”と言われているときめきメモリアルですら、1作目のパッケージには声優の名前は書かれてなかったと私は記憶しています。)ゲームには必要最低限の要素があればいいし、残りは遊ぶ側に考えさせたり想像させたりすればいい。元々遊びってそういう物だったはずだし、だからこそ面白いと私は思っているのですが。
こういう話題を扱うと、すぐに「お前みたいなゲームの遊び方がゲームをダメにするんだ!」みたいな話を始める人が現れますし、実際私もそういう話を書いています。しかしその発言の裏に「俺のゲームの選び方は絶対で、これが正解なんだ。」という思想がある事があります。私はそういう思想だけは持たないようにしようと思っています。私に言わせると「そういう言動でゲームの選び方を画一化しようとする発想こそがゲームをダメにした一因になっている。」そんな気がしてならないのです。ゲームの選び方が多岐に渡っていて市場には色々なニーズがある。そういう環境にこそゲームクリエイター達が腕を振るう土壌が育つと私は考えるのですが。例えば雑誌に載っているクロスレビューです。どうやらあの点数って(少なくとも以前は)金で買える物だったらしい(・・・という話をかなり昔に業界関係者から聞いているのですが、これに関する私個人に対する質問や批判は一切受け付けません。)のですが、そういう仕組みを確立させた(ある意味で雑誌出版社側の増長を招いた)のは、誰でもないゲーマー自身なのです。ゲーマーがあの点数を鵜呑みにして「これはほとんど満点だから面白いゲームに違いない(ならば買おう)。」「これはこの程度の点数しか取っていないからつまらないに決まっている(だから買わない)。」というゲームの買い方をする。だから点数が金になってしまうのです。あまつさえメーカーが点数を買うためにゲームそのものの開発費をケチり、そのためにゲームの質が低下している危惧があるとすれば本末転倒でしょう。
クロスレビューの点数をゲーム購入時に判断基準の1つにする、その事自体は別に構わないと思うのです。しかしそれだったらそんな記事に依存してまで発売日に飛び付いて買わなくても、発売からしばらく様子を見て遊んだ人の意見を色々聞いてみたって良いと思うのです。大体クロスレビューの点数やコメント自体が“個人の主観”である事は疑う余地がないですし、ましてや雑誌に載っている情報なんて商業主義的な理由で改竄されている可能性すらあります。ですからそれを鵜呑みにする事は間違っても賢い人間の行動ではないです。(ちなみにこれは“TCGにおける競技化志向”といった話にもそのまま当てはまると思います。)実際私も“メディアの情報を当てにしない”というゲームの買い方をするようになって、何度となくク○ゲーを掴まされそうになった危険を回避しました(笑)。
私個人は「本当に賢いゲーマーは、自分が買うゲームの情報をいつも通っている販売店で仕入れるものだ。」という持論を持っています。そういう情報を店員や常連から得られるお店は間違いなく良心的な商売をしているはずで、そういう店がお客さんの利益を考えないゲームの斡旋をするはずがないからです。ましてや1度そういう形でお客さんにク○ゲーを掴ませたら自店の経営が危ない訳で、要するに“発信する情報に対する責任の取り方が雑誌ライターや個人のWebサイトの比ではない”のです。このやり方は時間がかかりますし、発売直後のゲームソフト購入を一定期間見送る事になります。しかし何よりも自分が損をしないためには最善の策である。私はそう考えています。
ここでちょっと話を脱線させて“中古ソフト”に関する話を書いてみます。少し前に、ある超人気RPGシリーズの新作が発売されました。ところが発売から1〜2ヶ月程経つと、中古ソフトを扱うショップにこのゲームの中古品がうずたかく積まれるという状況になってしまいました。確かこのメーカーは他社とも連携して中古ソフトの販売禁止を訴えていたはずなのですが、私に言わせると「自分達は2ヶ月も遊んでもらえないゲームを世に出しておいて、それで『中古はダメだ!』とは片腹痛いぜ。」という気がします。 (^^;
私個人は最近、自分で最低でも半年間保有する気のないゲームは買わない事にしています。確かに1〜2ヶ月程もの凄く集中して楽しめるゲームにはそれはそれで価値があるのでしょう。しかしそういうゲームにしても、せめて半年後に「今日は久しぶりにあれを出してきて遊んでみるか。」と思わせるような工夫はいくらでもできるはずです。またそういう工夫の無いゲームは、結局「取りあえずクリアしたから売っちゃおう。」「どうせしばらく待てば中古が出るからそれまで待とう。」になってしまうのです。
ゲーム業界で動くお金がいくら大きくなっても、そのお金の多くが中古ショップに流れるような状況ではゲーム業界自体は活性化しないのです。(それではゲームを製作した企業やクリエイター達には何らの収入もないからです。)でもゲームメーカーがそれ故に中古ソフトの禁止を訴えて裁判沙汰まで起こす。これって私に言わせるとかなり本末転倒です。中古ショップがこれだけ繁盛するようになった、その最大の理由は“ゲームメーカーやクリエイター達の手抜き”にある。少なくとも私はそう考えています。言い方を変えると「最近のゲームなんて(外した時の保険としての)中古ショップが無い環境では怖くて買えない。」という事です。
要するに今、ゲームユーザーの多くが「このゲームには新品時の購入金額を出して遊ぶだけの価値はない。多少購入が遅れても中古で安く買うのが妥当だ。」と考えているのです。そういう状況を変える事無く、単に中古ソフトの仕組みを潰して無理矢理新品を買わせようとしている。こんな事でゲーム業界が良くなるとは私には到底思えません。あんな下らない裁判はとっとと止めて、ゲーム制作側と販売サイドが“ゲームが良くなるには?”を真剣に考える場を設ける。これができない限りゲーム業界に明日は無い気が私はしています。
つい先日「プレイステーション2の累計出荷台数が2000万台を越えた。」という発表がありました。しかしそれと同時にゲーム業界自身が「最近のゲーム業界はやや活気に欠ける状況にある。」と認めるに至っています。私はそれこそファミコン→スーパーファミコンの全盛期を生で見ている世代なのですが、あの頃ゲームを遊んでいた子供達に比べ、最近のユーザーは多少ゲームと距離を置いた付き合い方をしている。そういう印象も私は受けています。ゲーマーはもう何年もTVゲームと付き合っている訳で、間違いなくそれなりに目が肥えてきています。そういうユーザーを満足させるゲームを作る事が極めて難しい、それは多分誰にでも理解できるだろうと思います。しかしどうも最近、ゲーム業界がそういうゲーマーにゲームを買わせるための施策を間違えている気がします。多くのメーカーが自社ゲームの内容を吟味する事を止め、見た目の派手さや広告等に力を入れてパッと見の印象を良くする事にしか意識が向いていません。確かにそういう売り方でしばらくはユーザーを騙せるでしょう。しかしそれで買ってみたゲームが・・・だった。そんな事が何度かあれば普通誰だって気が付くのです。またそういう売り方でゲームが売れるのであれば、どう考えても派手な広告に金が使える大手ゲームメーカーが圧倒的優位に立てます。
それと最近ゲーム機のスペックがどんどん良くなっています。しかしこの事が“ソフトを供給する側から見たゲーム製作の敷居が高くなっている”という問題を生じさせているようです。ある個人にもの凄く面白いゲームのアイディアがあっても、それをゲームとして製作して発売する事ができないのです。またこれは資本が少なく開発機材やクリエイターの雇用に対する投資が難しい中小のゲームメーカーにも同じ事が言えます。実はゲーム機の性能が良くなれば良くなる程ゲーム業界そのものはお寒い状態になっていく。そういうジレンマをゲーム業界は抱えているのです。
要するに今のゲーム業界は「メジャーな大手ゲームメーカーにのみ生き残る道を与えている。」という状況になっているのです。でもこれでゲーム業界が活性化するとは私には到底思えません。中古裁判の件もそうですが、どうも最近ゲーム業界は“自分達がより苦しくなる方向に自ら歩みを進めている”という印象すら受けます。そしてそれにユーザーが拍車をかけているのですから、私に言わせると「君らアホですか?」という感じです。 (^^;;; 面白いゲームはどこのメーカーの物だろうが買えばいいし、実際に遊んで面白かったらそれを正しく評価すべきです。しかしどうも日本人って“買って失敗したゲームに対するリアクション”を取らないんですよね。あるシリーズの新作が面白くなかったから取りあえず次回作は買わない(あるいは遊んだ人の評価を聞いてから買う)事にした。そういう基本的な事ができないのです。日本のTVゲームなんてそんなに安い買い物じゃないんだから、もうちょっと賢く買うべきだと私は思うのですがねえ。
これはTCGやモノポリーのエッセイでも少し触れているのですが、要するに遊びやゲームなんて物は“嗜好品”なのです。遊んで楽しいから皆お金を出すし続くのです。それを(例えば派手な宣伝や競技化といった)理屈を付けて無理に買わせようとする。しかも遊び手側は買ったゲームに楽しみを見出せないまま半信半疑で遊んでいるのに、勧めた側は「どうだ楽しいだろう!」的な態度しか取らない。それでゲームという物が元気になるはずもないのです。それと最近は日本でもエコロジーという概念がすっかり定着し、例えば商品を買う場合等に簡易包装を心がけるといった事が推奨されています。しかし相変わらずゲームは過剰包装で、買って開けてみるまで内容が分からないという状態が続いています。しかも1度開けてしまえば返品は不可。これでユーザーが安心してゲームを買えるとは、私にはちょっと思えないのですが。私に言わせると、特にここ数年のTVゲーム業界には“商品を買う事への安心感”が無いのです。多くの新作ゲームが昔の人気ゲームの焼き直しで、しかも内容的にはデグレードを起こしている物が少なくない。宣伝だけはやたら派手だけど、それを見てもゲームを選ぶ際の参考には全くと言っていい程ならない。ましてやゲームソフトはどんどん高額になっているのにメーカーは中古ソフトの禁止を声高に叫んでいて、間違って買ってしまったクソゲーを処分する手段さえ無くなりそうな気配がある。こんな状態でよく業界そのものが存続しているなあ、というのが私個人の偽らざる印象です。
ユーザーがゲームを買う目的は実に様々なはずです。ですからそういうユーザーが持つニーズの最大公約数を狙ったり、あるいは一部のコアユーザーのニーズをがっちり掴んだ物を出すといったように、その売り方にも様々な選択肢があるはずです。しかしどうも特に最近、TVゲーム業界が“派手な画面や広告で騙される愚者”しかターゲットにしていない、そんな印象を私は強く受けています。ただそうなったのにはちゃんと理由があって、実際に今TVゲームを買っているユーザーの多くがその“愚者”になっているからなのです。でもこんな小手先だけの商売には流石に無理があって、実際その影響は日本のTVゲーム業界に覿面に現れている気がするのですが。例えばたまごっちといった一発ネタならともかく、TVゲームなんて本体は数年使い続ける物なのです。当然投資に見合うだけの価値がないと判断すれば誰も買わないのです。
TVゲームが嗜好品である以上、特に昨今のような不景気の際には真っ先に支出を削減される可能性が高いのです。ましてやゲームを買う事に安心感が無くて、買っても買っても他の事を忘れて没頭できるような面白いゲームにお目にかかれない。これじゃあそのうちユーザーはTVゲームを見限るでしょう。最近は趣味も多様化していますし、ゲームにしてもパソコン用のゲームや携帯用ゲーム機、あるいは携帯電話用のゲームが幅を利かせ始めています。そういう中で「TVゲームはこんなに凄い!。やっぱりTVゲームはゲームの王様だ。」とユーザーに思わせるだけの提案ができない限り、たとえマイクロソフトが乗り出そうがこの業界には衰退する運命しか待っていないのではないでしょうか。
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ここでは番外編として、今回の話題に関する“私の本音”を書いてみます。 ぶっちゃけた話、私個人は「こんな建前論が通用しなくなる位、TVゲーム(あるいはTCG)という遊びがブームになって欲しい。」と考えています。日本でも過去に幾つもの遊びがブームになっています。そういうブームの中で、例えばたまごっちとかAIBOといったヒット商品が“コスト・パフォーマンス”とか“遊びとしての寿命”を意識されて売れたとは私には到底思えません。実は私はかつてのたまごっちブームの時、それを売る側の仕事をしていた事があります。私がたまごっちを見た第一印象は「確かに面白そうだけど、でもこれ1ヶ月は遊べないぞ。」でした。 (^^; しかし実際にはそんな事には無関係にたまごっちは売れ、そして一大ブームになった。物が売れる時というのはそんな物なのです。 例えばTVゲームにしてもそうです。本当にTVゲームという遊びが面白い物であるならば、なにも購入前に中身を吟味したり予算と相談する必要なんて全くないのです。「新商品が出たぞ!」「買え!!」で話は終わりです(笑)。しかし特に最近のTVゲームはそうはなっていません。それはなぜかと言うと「今のTVゲームは間違ってもブームじゃないから。」なのです。私が拙い知識でTVゲームの過去を振り返っても、そういう雰囲気で売れまくったTVゲームが無い訳ではないんです。でも最近そういう盲目的な売れ方をしているTVゲームってあるのでしょうか?。私個人は「無い」という印象を持っているのですが。あ、派手な広告で“ユーザーを意図的に騙して(=そのゲームがブームになっていると勘違いさせて)買わせたゲーム”はありますがね。 :-P 私は対戦格闘ゲームやトレーディング・カードゲームを自分のメインの趣味として人生を送ってきた経歴を持っています。格ゲーにつぎ込む1ゲーム100円という予算は、当時の私から見れば決して安い投資ではありませんでした。でも私はそんな事にはお構い無しにゲーセン通いやソフト購入を続けていました。TCGにしてもそうです。一時期はおもちゃ屋での勤務で給料をもらい、それがそのまま店のレジに戻っていくなんて事がざらでした(笑)。格ゲーやTCGは日本では全国的な一大ブームになった歴史を持ちません。(中当たり的なブームを生み出した物は幾つかあったようですが。)でも少なくとも私や私の周囲で“マイブーム”になっていた事は間違いなく、それ故私はそういう遊びにお金を使い時間を使う事に何の疑問も持たなかったのです。 私がここで取り上げている幾つかの遊びは、実はユーザーがある一定以上の数を超えている事を大前提に仕組みが成立している物ばかりです。言い換えると“ブームになる事でユーザーがメリットを受ける事ができる遊び”なのです。しかし残念な事にメーカーがバカなのかやる気がないのか分かりませんが (^^; 実際にはそうはなっていません。これはあくまでも私個人の持論ですが、投資をする事に少しでも不安感がある商品は絶対にブームにはならないのです。そしてTVゲームやTCGの販売サイドの様子を見ていると、私にはその業界に対して将来の不安を感じざるを得ない事ばかりやらかしているとしか思えないんですよね。 (^^; |