DIABLOIIのススメ・改(!?) 
 
 前に雑文として“DIABLOIIのススメ”というのを書いた記憶があるので、今回は“改”を付けてみました。 (^^; あとタイトルに更に“(!?)”が付いているのは・・・まあ、読み進めて頂けると分かるかと思います。

 ○ DIABLOとWizardry

 既に発売から1年以上経ったDIABLOIIですが、拡張セット( Lord of Destruction 《LoD》)の登場で自分的にはかなり盛り上がっています(笑)。ただ私自身がこれだけDIAIIというRPGにのめり込むには、その前のWizardryシリーズとの出会いがかなりの母体になっていると思います。

 昔、というかコンピュータゲームとしてのPRG創世記の頃、RPGプレイヤーは大きく「Wiz派 or Ultima派?」という分類をされた時期があります。これに関して私はバリバリのWiz派です。というか、実を言うとUltimaシリーズは1作として手を付けた事がありません。それは別にUltimaそのものの出来が云々という話ではなくて、Wizにのめり込みすぎてUltimaに手を出す暇が作れなかったのです。 (^^; ただし私もWizプレイヤーの決して少なくない割合の方々がおっしゃる「Wizってせいぜい4までだよね。」という口なのですが(笑)。

 私はRPGで頻繁に用いられる“キャラクタの能力がカンストするシステム”が好きではありません。人間の能力なんて本来無限の可能性があるはずで、それをプログラムの都合で制限されるのは嫌なのです。ただある一定のレベルに達した人は、多分そうでない人に比べて(同じ条件で成長を続ける限り)成長のテンポは遅くなるでしょう。そういう形で自分の成長に歯止めがかかるなら、私個人は何ら違和感はないのです。また自分自身の成長は鈍っても、それを補って余りある強力なアイテムが手に入るなら話は別です。しかもそういう強力なアイテムが本当に苦労しないと入手困難で、手にしている事だけでステータスシンボルとして人に自慢できる。そういう物であれば多分最高です。こういった思想の持ち主に取って、WizというRPG(特に1と2)はまさに理想的だったのです。

 要するに今、私はDIAIIを“リアルタイムアクションのWiz”として遊んでいる部分が結構あります。実を言うとDIAIIではキャラクタの能力が一応カンストするのですが、しかし実際問題としてそこまでに至るのは極めて困難です。(個人的には「キャラクタのデータ改竄でもしないと無理なんじゃないか?」と思っていますが。)そしてキャラクタを成長させればさせる程入手の可能性が高くなる(でも実際に入手するのは極めて困難な)強力なアイテム達。しかもWizよりもキャラクタの成長パターンやアイテムのバリエーションが遥かに豊富。これで私がのめり込まない方が逆にどうかしていると思える位です。

 ○ その裏にある国産RPGへの不満

 最近日本国内で遊ばれるゲームの、決して少なくない割合の物が“金をかければかける程強くなる”仕組みになっている。私はそういう印象を持っています。私は人にゲームを勧める際に「ゲームはお金をかけるか手間をかけるかの2択だよ。」と言うのですが、特に最近は単に手間をかけただけではどうしようもない物が少なくない気がします。

 「パソコン版やコンシューマ機のRPGなんて1度買えばそれ以上の負担は不要だから、そういう理論は当てはまらないのではないか?」というご指摘はあるかと思います。でも果たしてそうでしょうか?。最近発売される多くの国産RPGって、見ているとゲーマーが攻略本を読む事を前提にゲームシステムを作っている。そういう印象を私は強く持っています。(そしてこれは対戦格闘ゲームにもそのまま当てはまる話だと私は考えています。)つまり逆に言うと“ゲーム本体を買っただけではそのゲームを100%楽しめない”仕組みになっているのです。しかもそういう現状を多くのゲームメーカーが“長く遊んでもらうための工夫”とか“ゲームの奥深さ”と勘違いさせるために躍起になっている。そういう気さえします。

 それと何よりも、日本国内で発売される多くのRPGが“楽しみを作り手に与えられている(もっと言っちゃうと押し付けられている)”という印象を受けます。国産RPGの大部分は、攻略本を読んだ瞬間に「自分がどこまで成長してどういう超絶アイテムを入手するのか。」という、その限界点や手段までをも分かってしまうのです。これは私に言わせると“そのゲームの賞味期限を縮めるための措置”でしかありません。そういうRPGで楽しめる人はそれで良いと思うのですが、少なくとも私は嫌です。自分の成長過程は自分で決めたいし、装備品にしてもより多くの選択肢の中から自分が気に入った物を使いたい訳です。(その入手が容易か否かはまた別問題ですが。)

 日本のRPGがこうなってしまった、その理由は言っちゃうと“ゲームメーカーと出版社の相互依存(両者の利益確保)”であり、ゲーマーの利益を見た物でない事は明白です。で、それで実際市場に出てくるゲームは延々ムービー垂れ流しのお涙頂戴RPG(笑)。そしてそれを判で押したように「名作だ!」と絶賛する雑誌出版社。(しかしどうも実際の評価基準は「どれだけ自社出版物に広告費を出してくれているか?」でしかない気がするのですが。)流石に私個人はこういう状況には耐えられない物がありますし、これでゲームが良くなるとは到底思えません。ただ私も昔はそういうRPGが好きだった。これは明らかにしておく必要があると思います。実は少し前にある国産RPGのPC移植版を買ったのですが、オリジナル発売当初のようにのめり込む事ができずお蔵入りしてしまっています。あれは「僕自身のRPGの趣向って激変してるんだな。」というのを改めて感じた瞬間でしたが。

 ○ DIAIIの話

 ただし、私自身ここでDIAIIというRPGをべた褒めする気はサラサラありません。

 例えばDIAIIには当初5種類の職業があり、更にLoDで2種類の職業が追加されました。しかし実際その7種類の職業がすべて魅力ある物かというと、多分意見が分かれるだろうと思います。例えば私は今アマゾンとソーサレスを育てていますが、しかしネクロマンサーは「自分には合わない。」という理由から途中で止めてしまいました。ましてやバーバリアンやパラディンなんか手を付けてすらいません。まあ私のゲーム癖をご存じの方でしたら「君はお姉ちゃんキャラ専門だから、その辺に手を出さないのは容易に想像できるがね。」と言うでしょうが。 (^^; なお拡張版で追加されたアサシンとドルイドですが、今のところアサシンのみ育てようかと思っています。言うまでもなく「お姉ちゃんだから。」なんですが(爆)。

 あと同じ職業でも、例えばアマゾンには主に弓アマと槍アマ、ソーサレスには氷メイジ/炎メイジ/雷メイジという選択肢があります。しかし実際問題としてこれらの選択肢がすべて公平にチャンスを与えられている訳ではありません。弓アマに比べて槍アマは修羅の道だと言われていますし、ソーサレスもかつては選んだ道によってクエストの難易度が劇的に変わったりしています。(LoDの登場で多少は緩和されたのですが。)更に例えば弓アマの中でも使えるスキルと使えないスキルがはっきりと分かれている。これはDIAIIに存在するすべての職業に言える話なのですが、つまりDIAIIというRPGは間違ってもバランス取りを完璧にこなした秀逸なRPGではないのです。

 しかしDIAIIではパッチリリースによるバランス調整がかなり頻繁に行われています。これはイコール「DIAIIというRPGをできるだけ長く楽しんでもらおう。」という配慮以外の何物でもありません。これってシリーズ最新作が発売された途端に「次回作にこうご期待!」とか始める日本の某社とは雲泥の差です(爆)。実際DIAIIは前作DIABLOから4年後に発売されているのですが、その間DIABLOは現役として遊ばれ続けているのです。(というか、最近になってDIABLOの廉価版が発売されて、私の周囲でもプレイヤーが増えていたりします。)実際にはこういう商売のやり方の方が、メーカーやクリエイター達はより儲かりそうな気がするのですがねえ。

 我々(少なくとも私の周囲のディアブラー)は米国産のRPGに緻密なバランスなんか求めちゃいないのです。それは例えばTCGにしたって同じだと思います。ただそういったゲームは元々のゲームシステムに大きな魅力があり、更にゲームバランスのデバッグ(発売後のフィードバック)がしっかり行われていて、よりゲーマーの事を考えたアフターサービスが充実している。だから安心して買えるし遊べるのです。実際問題としてそういったゲームのバランス取りなんて1つの企業内で完全にダメ出しをするのは不可能でしょうし、また遊ぶ側はゲームシステムの盲点を突いて悪い事をしようとします(笑)。百万人が考える悪巧みを数百人の人間で防ぐのは無理なのです。だったら取りあえずある程度の状態で発売してその結果をフィードバックした方が遥かに堅いし賢いのです。ただし、そういうやり方はあくまで“一つのゲームを長期間遊んでもらう場合にのみ可能なやり方”なのですが。あとそういうアフターサービスでユーザーに負担をかける(例えば買った商品が一部使えなくなる or パッチを導入するのに金を取られる)なんて以ての外だと思いますし(笑)。

 ○ やり込みに見合った作り込み

 結局のところ、こういうゲームって“どれだけゲーマーのやり込みに耐えられるだけの作り込みをするのか”が問題になる。これが私個人の結論です。

 国産TCGの多く、特に最近コンシューマ機で発売されているRPGは、その全部とは言いませんが大部分が半年間のやり込みに耐えられないのではないでしょうか。特に攻略本なんか見ちゃうともうダメでしょう。キャラクタの能力は早々とカンスト。装備品はゲームシステム上考えられる最強装備。マップも固定されていてもう目をつむっても回れる位になった。そうなってしまったゲームをそれ以上プレーし続ける必要性って何なのでしょう。ミニゲームのハイスコア争いですか?(爆)。流石に「なんか違うんじゃないか?」という印象を私は禁じ得ないのですが。ただ日本国内にも、そういう長期間のやり込みを前提としたRPGを発売しているメーカーはあります。例えばトルネコやシレンを発売しているENIXはその代表格になるでしょうか。

 じゃあそういう綿密な作り込みをすべてのRPGにすればいいのか?。そう聞かれると実は私の答えは「NO」なのです。だって実際問題の話、例えば今ファイナルファンタジーシリーズを買って遊んでいる人達って、最新作のXをXIが出るまで遊び続ける気はないんでしょう?。 (^^; だとしたらFFというシリーズにDIAII並の作り込み&アフターサービスをするのは無駄なのです。SQUARE自身「FFは映画だ。」みたいな事を言ってるみたいですから、要するにそういう鑑賞に耐えられる作り込みをすれば話は終わるのです。ただしその結果待っているのは、発売から1〜2ヶ月程度で尻窄みになるソフトの売り上げと、その数ヶ月後に大量に出回る中古ソフトの嵐でしょうが。

 要するに「ゲームソフトの作り込みを決めるのはゲーマーのやり込み具合だ。」という事です。最近国産RPGの内容がやや物足りない。あるいは長く遊べるだけの作り込みがなされていない。それは言っちゃうと「ユーザーがそういうゲームを求めている(そういう遊び方しかしていない)からそうなっている。」という事なのです。ゲームを選ぶ基準は雑誌に載った広告量の多さとかクロスレビューの点数のみ。買ったゲームを遊ぶ時は“どれだけ早くクリアするか?”しか眼中にない。攻略本の内容丸写しの遊び方でも「俺はこのゲームを極めた!」と豪語できる。そして話題の新作が出たら何も考えずにホイホイ買いまくって旧作は中古屋に売っちゃう。そんな遊び方しかしないからゲームの作り込みが甘いままゲームが世に出ちゃうし、またそれで商売が成り立ってしまうのです。

 少し前からファミコンとかメガドライブ等といった昔のゲーム機が注目を集めています。最近のゲームを知っているゲーマーが見ると画面がチャチだとかBGMがしょぼいとかいう話で誤魔化される部分があるのですが、実は昔のゲームの作り込みって(もちろん全部がそうだとは言いませんが)もの凄い物があります。「なんでこのハードでこういうゲームが動くかね?」「このBGMってハードのスペックを使い切ってるよ。」といった秀作は昔は本当に数多くあって、そういうゲームは今遊んでも結構面白かったりします。それがいわゆる“作り込み”という物なのです。ゲームなんて物は決して動かすハードが良くなったからと言って無条件に良くなったり面白くなったりする物ではありません。もしゲームの面白さがハードウェアの能力で決まるとすれば、例えばPS2が発売された現時点でPSのゲームが遊ばれるはずはありません。でも実際はそうじゃないのです。

 ○ 自分はなぜDIAIIを遊ぶのか?

 ちょっと話が脱線したので、閑話休題という事で「自分はなぜDIAIIを遊ぶのか?」を書いてみます。私がDIAIIというRPGを選んだ理由は、大きく“無条件に面白いから”と“遊ぶ事に安心感があるから”という2つの理由があります。

 私は自分がメインとする趣味を対戦格闘ゲームからトレーディング・カードゲーム(主に Magic )へと変化させてきました。そして Magic で知り合った人達からDIAIIの存在を知り、自分に合いそうなゲームだと判断して遊び始めました。するとたちまち私が趣味に使う時間の多くはDIAIIに費やされ、その他の趣味に使われる時間はみるみる減っていったのです。

 DIAIIはある程度のスペックのパソコンさえあれば、1度ゲームソフトを買ってしまえば余計な出費は不要です。まずこの事がTCGという“金食い虫な趣味 (^^; ”にすっかり慣れていた私には斬新な感覚でした。そしてゲームの内容も非常に面白く、自分がいつもやっているRPGに対する(かなりハードな)やり込みにも応えてくれて、更にそのキャラをひっさげて知らない人達ともゲームができる。つまりDIAIIというゲームは私がかつてTCGに求めていた面白さ/楽しみの要素の大部分を包括し、加えてTCGには無い(あるいは実現が極めて難しい)色々な楽しみをも私に提供してくれたのです。

 そしてDIAIIというゲームは日々変わっています。それが進化なのか退化なのか私には分かりませんが (^^; 少なくともDIAIIは“すべての職業のすべての選択肢が皆に選ばれて遊ばれるように努力している”のです。実際DIAIIでは、ある日公開されたパッチによってゲーム内容が全くの別物になってしまった事すらあります。それを安心感と受け取るのか不安感と受け取るのかは人それぞれでしょうが、少なくとも私個人は安心感と受け取りました。「どうやらこのメーカーはDIABLOIIIが出るまでDIAIIを遊ばせ続ける気らしい。」私はそう感じたからです。

 最近の日本国内で遊ばれるゲームの様子を見ていると、1つのゲームが1年以上遊ばれる事例なんて極めて少数ではないかと思います。でもDIAIIといった外国のネットゲームではそれが実現されているのです。それは多分ゲームクリエイターから見ればそんなに容易な事ではないでしょう。でもそういう苦労をユーザーには見せず、サラッとやってのけている。そういう様子を見て私なんかは「格好いいよなあ。」と思ってしまいます。

 ○ 要は選挙と同じ・・・かも

 我々はRPGというゲームに何を求めているのでしょうか?。元々ロールプレイングゲームという遊びは“自分がゲーム内のキャラクタになり切って楽しむ”ための物だったはずです。練り込まれたゲームシステムやシナリオ、あるいはBGMやアニメーション/ムービーといった物は、言ってしまえばその主目的を手助けするための補助手段でしかなかったのです。それがいつの間にかRPGのメインの売りが美麗なCGムービーになったり、あるいはミニゲームになったり声を当てている声優になったりしています(笑)。元々そういう物はそれ単体で商品になり得る訳で、なぜあえてRPGの中にゴチャゴチャと盛り込まなければいけないのか?、というのが私の素朴な疑問です。

 実際問題として、そういう補助的な要素って1つのゲームを長く遊び続けようと思うと大抵邪魔になります。戦闘時のキャラクタのアニメーションは何度も見れば飽きますし、ましてやクエストの合間のデモムービーなんて1〜2度見れば十分でしょう。そういった装飾部分を綺麗サッパリ取り除いてしまったその後に何が残るのか?。それでゲームとしてどの位の魅力を持っていて、我々が本来RPGに求めている要素が満たされているのか?。本来ゲームを買う時に見るべきなのはそこではないかと最近私は考えています。

 そういう視点で見た時に私の眼鏡にかなったRPGがWizでありDIAIIだった。要はそういう事になるのだと思います。DIAIIでは常に「いかにして生き残るか?」「いかにして目的を達するか?」という命題がプレイヤーに突き付けられます。キャラクタの成長にしても選択肢が多いくせにミスが許されず、中・長期的な視野で考える必要があります。日がな一日「あのマップをどうやってクリアしよう?」「次はどのスキルを育てよう?」「救援を頼んでパーティプレーで挑んだ方がいいのだろうか?」等と思い悩み、仕事とかその他の事が全く手に着かずに結局また遊んでいる。そういう“プレイヤーにやり込ませる”事にDIAIIというRPGは特化しているのです。そしてDIAIIにはそういうハードなやり込みに水を差すような要素がほぼ皆無で、プレイヤーは目の前のクエストに集中できるのです。いわば“ This is RPG ! ”という感じでしょうか。

 あのミニゲームが面白いから、あるいはあの声優が声を当てているからこのRPGを買う。別にそれはそれで構わないのだと思います。でもそういう買い方でRPGというジャンルのゲームがこの先良くなるのか?。そういう部分を購入者はしっかり見ていく必要があると思います。自分がそのゲームを買った/買わなかったという決断が、実はそのジャンルのゲームの行く末を決める重要な要素になり得る事がある。その位の意識を持ってゲームを選んでも良いだろう。私はそう考えるのですが。

   

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